城砦戦力
「なあ、エレオノール殿。ちょっと城砦内を見回ろうか。何があるのか、何が使えるのか、改めて確認しておきたい」
ユンカースがそんな事を言ってきた。ちなみに兵達の一部には城壁の見張りを、それ以外には休息を命じている。
「はい。ツバキ、君も一緒に頼む」
「僕も…?」
「ああ、何しろ君は私達の軍師だからね」
という事で、ユンカース、エレオノール、椿の三人で城砦の中を見回る事になった。まずは、東側の城壁を登る。
「うん、いい眺めだ」
ユンカースは、東へ東へと伸びる道を眺める。椿もそちらを見た。これから帝国軍が侵攻してくるはずの道だ。
「城壁の高さは10m、幅は5m、材質は煉瓦…それでもって下には…」
城壁から身を乗り出して下を見下ろす。
「幅10mの空堀…ね。うん、分かってたけどなかなかいい城砦じゃあないか」
「そうなんですか…?」
椿は素直な疑問を口にする。元々歴史SLGオタクであるため城についての知識が全くない訳ではなかったが…やはり、基本はゲーム専門。現実の城、それも西洋風の城砦については不勉強だった。
「ん、そういや君…なんて言ったっけ」
「ツバキです。ツバキ・ニイミ」
「ああそうそう、そうだったね。確か、軍師だとか」
「いや、それは…百騎隊のみんながそう呼んでくれてるだけで…」
「ツバキの能力は確かなものです」
エレオノールが会話に加わった。
「落雷のショックで記憶が曖昧な部分がありますが…その観察眼には古の神を思わせる鋭さがあります」
(い、いや、ちょっと、エレナ…褒め過ぎ)
と、椿は気恥ずかしくなってしまう。
「へえ、それは頼もしい。よろしく頼むよ、軍師殿」
「は、はい…」
ユンカースとツバキは握手を交わした。
「ええと、それで…何の話だったっけか。ああそうそう、ヌガザ城砦についてだったな。この城を人力で落とすのはなかなか骨が折れるって話だ。10mの堀を飛び越えるのは人には無理だし、5mも幅のある城壁を叩っ壊すのも容易な事じゃできない。しかもこっちは、城壁の上や側防塔から矢を打ち放題だ」
なるほど、と思う。そう言われるとたとえ3千対5万…つまり15倍以上の兵力差があっても、なんとか守り切れるのでは…そんな気がしてきた。
「もちろん、相手も知恵を使って攻撃してくるだろうがな。例えば、梯子や橋を渡して堀を越えたり、鉤縄を使って城壁をよじ登ってきたり…後は、投石器だな」
「投石器…」
実物は見た事がないが、その存在は椿も知っていた。巨大な岩を飛ばす、古代から中世にかけて使用された射出兵器。
「投石器で撃たれまくったら、ちとヤバいかもな」
「…対策はあるんですか?」
「うーん、あるような、ないような…」
ユンカースは、頼りなげな口ぶりでそんな事を言う。冗談なのか、そてとも本気で言っているのか椿には判断がつきかねた。
「ま、東側城壁はこの辺にしとくか。次は北だ」
北側の城壁上に移動するそこも東側と同じ高さがあった。そのうえ…。
「下は崖、ですね」
椿は下を覗き込む。眼下に見えるは、奈落へと通じるような深い深い谷。
「こちら側から敵が登ってくる事はまずないだろうな。もちろん、万一に備えてこちら方面の見張りも徹底させるが。そして、南側も崖だ。んで、西側がティグラム山脈…」
「つまり、帝国軍が攻めてくる可能性があるのは東側だけ…って事ですね」
「その通り。俺らは、東側に兵力を集中すればいい。それに加えて…」
ユンカースが城砦中央の広場を指差した。そこには、倉庫に入りきらなかった樽や木箱などの物資が山積みになっていた。
「食いもんも酒も油も武器も、山ほどあるときた。あと、水もな」
今度は、城壁内にいくつか立つ給水塔に視線を向ける。
「聖王国軍はここを対帝国用の物資集積地にしてたからな。わざわざティグラム山脈を越えておっちらえっちら荷を運んで…ご苦労な事だ。ま、ロンシエ平原の負け戦で全部無駄になった訳だが
。せめて俺たちが有効に使わせてもらうとしようぜ」
「はい」
堅牢な城砦、豊富な物資。そしてユンカースやエレオノールという優秀な指揮官。最初は僅かだった希望の光が、徐々に大きくなっていくのを椿は感じた。
「あの、ユンカースさん」
椿はユンカースの顔を見上げる。
「勝てますよね?僕たち」
「勝てる…んじゃないかと思ってんだけど、どーなんだろーねえ」
ユンカースは頭をガリガリとかいた。相変わらず飄々としている。
「ま、なんとかなんじゃないのかねえ?頼れる騎士さんと優秀な軍師さんもいる事だしさ」




