防衛軍
「これより、王太子殿下よりのありがたーいお言葉を読み上げる」
ウィル・ユンカースは紙片を前方に掲げた。彼の前にいるのは新しく結成された彼の部隊の隊員たち…すなわち、防衛軍の約三千名。
そのうち約千名は元々のユンカースが率いていた二千人隊の隊員、その生き残り。千名はヌガザ城砦に駐屯しており会戦には参加しなかった無傷の兵達。そして最後の千名は、会戦には参加したものの傷の少なかった兵達。その中には、エレオノールの率いていた百騎隊も含まれる。
「『諸君らの奮闘に期待する。例え死して屍となろうとも、その忠節は未来永劫語られ続けるだろう』だとさ」
言い終えると、ユンカースは紙片を破り捨てた。隊員達は驚きの表情でその様子を見ている。動揺していないのは、元から彼の隊員だった千名のみだ。
「はっ…『死して屍となったとしても』だって?御免だね。死んだ後に褒められたって、何の得にもなりゃしねえ」
「し、司令殿は…」
隊員のひとりが声をあげる。元ヌガザ城砦の駐屯兵だった男だ。
「愛国心をお持ちでないので?」
「ん?いやいや、人並みに持ってるよ、うん。王室に対する崇拝の念も、まあ…それなりにあるつもりだ。ただなあ…あの王太子はムシが好かねえんだよな。山脈越えで足滑らして奈落の底にでも落っこちねえかな、あいつ」
何人かがクスリと笑った。ちなみに、王太子はすでに城砦から逃げ出している。今頃はティラグラム山脈の山道を上り始めている頃だろう。
「あと、俺は実利主義者なんでね。死んで英雄になるより生きて浮世を謳歌したい。まあ、死んでも英雄になりたいってんなら止めはしねえがな。少なくとも俺は御免だね」
「じゃあ、その、えっと…ど、どうするおつもりですか?逃げるんですか?」
「この状況で逃げ出しても帝国軍から逃げ切るのは不可能に近いだろうな。何しろティラグラム山脈越えの道は聖王国兵で詰まってる」
「…では、帝国に降伏を…?」
「ふむ。いい案だ。けどな、それだと聖都で俺の事を待ってる家族に二度と会えなくなるってのが難点だ。それに帝国に降伏した後で命の保証がないってのも問題だな」
「で、ではどうするおつもりで…?」
「決まってんだろ。10日間ここを守り抜く。その後、撤退だ」
ユンカースはさらりと言ってのけた。しかしそれが容易ではない事はこの場の誰もが理解している。
「そ、そんな事、可能なんですか?だって、3千対5万ですよ…!?」
「それを可能にするのが俺の仕事だ。ま、頑張ろうぜ」
そう言って力の抜けた笑みを浮かべる。不思議と、見ている者を安心させるような笑顔だった。
「部署割は後で発表する。ひとまず俺からは以上だ。…じゃあ次は、副司令にも挨拶してもらおうか」
「はっ」
ユンカースが下がり、代わりにエレオノールが前に進み出た。
「エレオノール・フォン・アンスバッハ。元百騎隊の隊長だ。本日付けで対帝国防衛軍の副司令を拝命した。至らぬ点も多いが…どうか、私と共に戦って欲しい」
エレオノールは兵達を見回す。兵達の…特に、ロンシエ平原から逃げ帰ってきた者達の目には畏敬の念が宿っていた。なにしろ、彼女の率いる百騎隊のおかげで死地から生還する事ができたのだ。
「私も隊長殿と同意見だ。防衛任務を果たし…そして、その上で生きて帰ろう」
「おおお!」
兵達が沸いた。椿が解析で確認すると、今のエレオノールの言葉だけで兵達の士気が20は上昇している。
「華があるねえ…」
ユンカースが呟く。
「おい、ヘルムート!お前さんも挨拶しておけ」
傍に立つ男の背中をドンと叩いた。
「ええ、めんどくせ…」
ユンカースに名を呼ばれた男が前へ出る。ユンカースよりも背が高く、気怠げに歩く男だった。純粋な人間種で、髪はくすんだ金髪。ユンカースとはタイプが少し違うが、彼もまたなかなかの美男子だった。年は20代の半ばといった所。
「えーっと、ヘルムート・リヒター。元々、ユンカース隊長の二千人隊で副長やってました。防衛軍でもユンカース隊長の補佐役やるんで…まあ、よろしく。以上」
「それだけか?」
「それだけっす。面倒なんで」
ユンカースとそんなやりとりをしてヘルムートは下がった。ユンカースも飄々とした男だが、彼もまた軍人らしからぬ雰囲気を纏っていた。
ツバキは、彼らを『解析』する。
ウィル・ユンカース
指揮89 武力85 知謀91 政策70
ヘルムート・リヒター
指揮83 武力79 知謀85 政策74
能力値を見る限り、優秀な者達であるのは間違いないようだった。絶望的な防衛戦に、微かな希望の光が見えてきた。




