統治5
結局ヒーマンは、
「しばらくの間│巨大要塞の統治を代行せよ」
とだけ命令し、逃げ出すように北部要塞へと帰っていった。ある意味、不貞腐れているとも取れる態度だった。
部屋に残された椿、エレオノール、エステルは顔を見合わせる。
「ヒーマン司令官はどうするつもりなんだろう…?」
そんな椿の呟きにエステルが答える。
「おそらく、北部要塞司令官を辞任するつもりでしょうね。ここにいても密貿易による旨味はもうないし、巨大要塞司令官まで兼任する事になったら帝国と戦わなきゃいけないし…。それよりは、貯め込んだお金を持って聖都で暮らした方がマシでしょう?」
「って事は、レホトネン副司令官が繰り上がって新しい司令官になるって事ですか?」
「それはないでしょうね。保身に長けたレホトネン副司令官がここに留まるはずはない…。ヒーマン司令官と一緒に辞任して、聖都へ付いていくんじゃない?と来れば、防衛部隊長の私が繰り上がって司令官に…と、行けばいいんでしょうけど、なかなかそうもいかないでしょうねえ」
「どうしてですか?」
エステルであれば司令官としての能力は十分だろう。さらに、今回の巨大要塞攻略の立役者でもある。その功績により昇任、司令官に任命――というのは有り得そうな話だった。
「北部要塞の司令官は、伯爵以上の爵位を持った貴族が務める事になってるのよ。私は貴族様なんかじゃないから司令官にはなれないって訳」
「そんな…」
椿にしてみれば、能力があるにも関わらずそれに相応しい地位につけないというのは理不尽に思えた。
「それでは、やはり中央から新たな司令官が派遣されるという事でしょうか」
とエレオノール。
「そうね。貴族の誰かを派遣してくるでしょう」
(聖王国の…貴族…)
正直な所、椿はこの世界の貴族というものにあまり良い印象を持っていなかった。もちろん、エレオノールは例外だ。彼女の事は心から慕っているし、他にも貴族の中に立派な人物がいる事は分かっている。しかし、それでも――数で言うならば、権力を笠に着て横暴な振る舞いをする貴族が圧倒的に多かった。
(新しい指揮官が中央から派遣される貴族…なんだか心配だな…)
そんな考えが顔に出ていたのか、エステルが励ますように微笑みかけてきた。
「大丈夫よ、新しい司令官については手を打つつもりだから。――私たちは目の前の課題に目を向けましょう」




