統治4
「大型投石器による攻撃が巨大要塞によるものではない、ですか…もしもそれが事実だとすれば、いったい誰が何の目的で北部要塞を攻撃したのか調査しなければなりませんが…その噂について、何か証拠はあるのですか?」
エステルはいささかの動揺も見せず問いかけた。実際の所、大型投石器で北部要塞への攻撃を命じたのは彼女自身なのだが。
「いや…証拠などはない。だが…」
「ヒーマン司令官閣下」
エステルも身を乗り出した。
「戦いの後というのは根も葉もない噂が広まるものです。しかし、そんな噂にいちいち構っていては戦後処理もままなりません。違いますか?」
「むうう…」
「それよりも、司令官閣下は今後の方針を示されるべきではないかと。何しろ、ここは戦いの最前線となる訳ですから」
「さ、最前線…」
ヒーマンは、密貿易という権益が失われた事で頭が一杯になっていた。しかし――彼はもっと大きな、そして切実な問題に目を向けるべきだったのだ。
「北統王国、そして帝国…両国が血眼になってこの要塞を攻め立てるでしょう。司令官閣下は、どのような方針で防衛に当たるのか…それを早々に示すべきだと私は愚考します」
「さ、最前線の司令官…わしが…?」
「北統王国は、奪われた巨大要塞を取り返そうと全力で挑んでくるでしょう。そして何よりも…帝国からは、大将軍が兵を率いてくるはずです」
「フ、大将軍…」
大将軍。世界最強の将――『帝国の双剣』と呼ばれる二名のみがのみがその階級を有している。軍人最高の地位だ。
北統王国と同盟関係にある帝国軍がいつか聖王国に攻めてくる事はヒーマンにも分かっていた。だが、彼には生き残るための見通しがあった。密貿易で得た財宝だ。ラジモフを通じて帝国の高官に賄賂を贈れば、聖王国が侵略された後も自分の命と…ある程度の地位は保障されると考えていたのだ。
だが、事情は変わってしまった。ラジモフが拘束された事により、ヒーマン-ラジモフ-帝国高官…というパイプが途切れてしまった。これでは帝国の高官に対し秘密裏に接触するのは不可能だ。
(ならば…巨大要塞の防衛を固めて帝国の侵攻を防ぐべきか?)
巨大要塞の防衛能力が世界一である事は疑いようがない。だが――敵は、大将軍。正直な所、ヒーマンは巨大要塞を守り切れる自信はなかった。
(く…くそう、なんて事だ…。なんでわしがこんな目に…本当なら今頃は、視察先の村で愛人とバカンスを楽しんでいたはずなのに…)
それが、こんな場所に出向く羽目になり…最強の敵、大将軍との対決を迫られる事となった。
(くそう、これもラグランジュの奴が余計な事をするからだ…)
恨めし気にエステルを見る…が、軍功をあげた彼女を表立って攻める事はできない。
(うう…くそう…)




