アサシン
エステル・ラグランジュの作戦…その第一段階は、大型投石器で北部要塞を攻撃し北部要塞軍の指揮権を握る事だった。
第二段階は、掌握した北部要塞軍で巨大要塞を落とす事――では、なかった。彼女の掌握できる戦力では巨大要塞の誇る三重の城壁を破る事はできない事は予測がついていた。
それ故に、エステルは狙いをラジモフひとりに絞ったのだ。彼の性格であれば、自らの身に危険が迫れば真っ先に逃げ出すであろう。竜に城壁を破壊させ、エレオノールに指揮官を討たせたのもラジモフの危機感を煽るための行動だった。
さらに逃げ道も限定した。南門と西門は北部要塞軍で抑える。となれば出口は北門と東門だが、北門を抜けるには市街地を通る必要がある。市民に見つかりたくないラジモフは、東門から逃げざるを得ないという事だ。
もっとも、想定通りに物事が動くとは限らない。ラジモフが逃げ出さず最後まで要塞で戦う可能性もあった。もしそうなった場合は――エステルは、全ての責を負うつもりだった。
つまり、賭けだったのだ。そして、彼女と…彼女の賭けに乗った椿やエレオノールは…賭けに勝ったのだ。
決着はついた。ここから巨大要塞が巻き返す方法はない。しかし、そんな事は意に介さない者がこの戦場にはただ一人存在した。幼き暗殺者――ハティだ。彼女にとって、自らの任務は未だ継続している――。
「あれ…?」
北部要塞軍のほぼ全てが、勝利を確信した。ちょうどその時…椿は、ふとめまいを覚えた。軽い立ち眩みのようなもので、意識を失って馬から落ちてしまうというようなものではない。だが、めまいと同時に不思議な映像が脳裏に浮かびあがる。
それは、上空から自らの周囲を見回しているような視点。もっと言えば…ゲーム、『家康の覇道』で戦場を見下ろすプレイヤー視点に近い。その映像は一瞬で消えた。しかし、その時見た光景はその脳裏に焼き付いた。
自分の姿、近くにいるエレオノールの姿、さらに彼女を取り巻く騎馬隊の姿――そして、騎馬隊の影に潜みエレオノールへと近付く幼き暗殺者の姿。
(危ない…!)
そう思った時にはすでに走り出していた。




