東門外
話は少し前に遡る。
北部要塞軍と巨大要塞軍の戦いが激化しているその時――。巨大要塞東部の城門から隠れるようにして出ていく小集団があった。全員が馬に乗り、顔を隠すようなフード付きのローブを身にまとっている。
「夜盗のようにコソコソと隠れて逃げねばならぬとはな…」
一行の戦闘を行く人物…ラジモフはぶつぶつと独り言を漏らす。
彼の後に続く人物は9人。そのうち3名は貴族だ。
彼らは行政面でラジモフの補佐をするために北統王国中央から派遣された人物たちだ。軍事的な№2がエッカルトだとするならば、巨大要塞における政治的な№2は彼ら貴族たちだった。もっとも、彼らは巨大要塞の運営は部下に丸投げして日々遊び惚けて暮らしていた訳だが…。
貴族以外の6名は、ラジモフおよび貴族たちの護衛だった。護衛の人数を最小限に抑えるのはこういった場合の鉄則といえた。人数が多くなれば、それだけ敵に発見される可能性が高くなる。それよりも必要最低人数で脱出し、素早く安全圏へと逃げた方が脱出の成功確率は高くなる。
「いまいましい聖王国兵め…中央に帰ったら外務大臣を動かし抗議してくれる…!」
「我が国には帝国もついているのです。目にもの見せてやりましょうぞ、伯爵」
「それにしても馬車すら使えないとは…馬などに乗り続けては尻が痛くなる」
ラジモフに続く貴族たちも口々に愚痴を漏らす。市民を置いて逃げる事に対する良心の呵責は彼らにはなかった。
「ど、どうか皆様、できるだけ静かに、静かに…」
護衛の兵士は慌てて注意を促す。この辺りに北部要塞軍はいないはずだったが、万一という事もある。さらに、見つかってはならないのは北部要塞軍だけではない。味方である巨大要塞軍や、巨大要塞に住む市民たちに見つかるのも避けたかった。兵士や市民を置いて司令官が逃げ出したなどという事が知れ渡れば、暴動が起きかねない。
「うむ…そ、そうだな。――おのおの方、しばしの辛抱だ。ともかく一刻も早くこの場から立ち去りましょうぞ」
ラジモフは貴族たちを促し、馬の速度を速めた。
一行は巨大要塞東部の林に差し掛かる。この林を北に抜ければ、北統王国所属の小都市や村がある。そこまで行けば馬車を調達する事も護衛の兵を増やす事も可能だ。そうなれば逃げ切ったも同然だろう。
(しかし…中央に対する言い訳を考えねばな)
ラジモフは頭を悩ませる。彼は司令官としての地位を放棄して敵前逃亡したのだ。それは到底許される事ではない。
(だが、中央の貴族たちにはコネがある)
ラジモフは密貿易で得た利益を中央の貴族にバラまいていた。それはいつか巨大要塞司令官を引退し、中央の政局に打って出て…いずれは大臣、宰相へと昇り詰めるためのコネ作りだったのだが、そのコネが役に立つはずだ。
(中央の貴族さえ丸め込めばなんとでもなる。敵前逃亡ではなく、ギリギリまで戦った後に巨大要塞の貴族たちを守るためやむなく落ち延びたという事にしてしまえばいい。…いや、まだ巨大要塞が落ちると決まった訳ではないな)
副司令官、エッカルトの顔を思い出す。自分に立てつく事もあり、あまり好ましい人物ではなかったが…それなりに優秀なのは確かだった。彼女であれば、巨大要塞を守り切れるかもしれないと思う。
(まあ、その場合は巨大要塞に戻ればいい…となれば、巨大要塞が落ちるか持ちこたえるか、近隣の都市でしばし様子見を…)
ラジモフは、すでに目の前の危機は脱したとみてその先の保身に目を向けていた。しかし、
「止まれ!」
薄暗い林の中に、突然声が響き渡る。声に驚いた鳥たちが騒がしく鳴きながら飛び立った。――と当時に、左右の茂みの中から手に剣を持った男たちが姿を現した。
「なっ…!」
ラシモフたちは慌てて前方へ走り逃げようとするも、男たちは茂みから飛び出し素早く前方も塞ぐ。後ろもまた同様だ。ラジモフ一行はあっという間に包囲されていた。
「な、な、なんだ貴様たちは!」
慌てふためくラジモフ。そんな彼に、周囲の一団の中からひとりの男が歩み寄ってきた。
「いや~、ラグランジュ防衛部隊長の読みはドンピシャだったなあ」
男は誰に聞かせるでもない言葉を呟きながら、気だるげな様子でラジモフに近付く。
「お、おい貴様!気安く近寄るな!」
警護の兵士が剣を抜き、馬上から男へ向けて振り下ろした。
「うお…っと!」
男は身を翻し剣をかわした。同時に、自らも剣を抜き放ち兵士の剣を叩き落としている。
「危ねえなあ…。俺、そんなに戦いは得意じゃねえんだよ」
男は面倒臭そうにため息を吐きながら周囲を見回す。
「だが、こっちは200人。あんたらは…10人か。しかもそのうち何人かは剣も握った事のなさそうな貴族様…。この状態で戦えばどっちが勝つかは分かるよな?」
そう言って、さっと手を挙げる。すると、周囲を取り囲む兵たちが包囲の輪を縮めた。ひと飛びでラジモフ達に襲い掛かれる距離だ。
「俺は巨大要塞軍所属ヘルムート・リヒター。命の安全は保障するから、降参してださいよ。ラジモフ司令官殿」
当初『西門』と表記していましたが『東門』の誤りでしたので修正しました。




