形勢逆転6
北部要塞軍の中枢はすでに城壁の近くに差し掛かっていた。このまま進めば、あと10分ほどで城壁の外に出る事ができるだろう。そして、一度出てしまえば…すぐさま巨大要塞軍は防備を固め、二度と北部要塞軍が立ち入る事はできなくなるはずだ。
「ごめんなさいね」
エステルが、隣を進む補給部隊長に対してぽつりと言った。
「いや、その…」
作戦が失敗した事を謝っているのだと判断した補給部隊長は、なんと答えたら良いものか迷いながらも…返答を返す。
「確かに作戦は失敗した。…だが司令官代理もできる限りの事はやった。今回は運がなかったという事だろう」
「優しい言葉をありがとうございます。でもそうじゃないんです」
「ん?」
エステルの言葉の意味を測り兼ね、補給部隊長は怪訝な表情を浮かべる。
「一応、偽りは言っていないのですが…私の真意を隠していた事を謝らせてください。万一にも敵に漏れるのを防ぐため、直前まで秘匿すると決めていたので」
「…?なんだ、どういう意味だ?」
エステルは第一城壁の上に顔を向けた。補給部隊長もそちらへ視線を向ける。城壁の上には人影が見えた。エステルは城壁の上を見上げながら言った。
「先ほど私は打つ手なしと言いました。それは、もう手は打ち終わっている――そういう意味です」
巨大要塞軍の中で、最も早くその存在に気が付いたのはエッカルトの傍に控える見張り兵だった。
「あれ…?」
城壁の上の人影に気がついた。そこによく目を凝らす。
「あれは…!いや、でも!そんな…」
「どうした?」
エッカルトが怪訝そうな視線を向ける。
「どうしたの?何か見えた?」
「は、はい。あれを…!」
見張り兵が城壁の上を指差す。
人影が見える。エッカルトは最初、それしか分からなかった。見張り兵ほどの視力を持ち合わせていない彼女は、それが誰であるか判別する事はできなかったのだ。
だが、巨大要塞軍は前進していく。徐々に城壁に近付き…エッカルトにもその人物が何者なのかはっきりと見て取れた。
それは他の兵士たちも同じだったようで、ひとり、またひとりとその存在に気がついて口々に呟いた。
「まさか…」
城壁の上には、数名の男たちが並んでいる。その男たちの多くは、ヘルムート・リヒター率いる北部要塞軍の軽装歩兵だ。
しかし、彼らに交じって装いの違う人間が立っている。巨大要塞軍の軍服。彼の胸元には、将軍や要塞司令官クラスの高級指揮官である事を示す紋章が光る。その男――ラジモフは、城壁の下を見下ろし巨大要塞兵に向かって口を開いた。
「し、司令官ラジモフより巨大要塞軍に告げる!巨大要塞は北部要塞軍に明け渡す…!巨大要塞軍、即刻武器を捨てよ!」




