中央の攻防2
敵兵の間からエレオノールに向かって飛び出した小柄な体躯――その存在に気がつく事ができたのは、直接戦闘に参加せず周囲に注意を払っていた椿だけだった。それだけその存在の動きは素早かったのだ。
「エレナ!危ない!右側だ!」
椿の声を受け、エレオノールは危険を察知した。迫りくる存在…顔をフードで隠した暗殺者に視線を向ける。
暗殺者は飛び上がり、馬上のエレオノールを襲う。風のように素早く、そして影のように静かに。
エレオノールたち騎士の着用する板金鎧は外部からの攻撃に対して非常に強い耐性を持つ。板金鎧は頑丈かつ体のほぼ全体を覆っているため、中の人間に損傷を与えようと思えば剣や槍、斧などで強力な一撃を与えなければならない。
小柄な暗殺者の一撃では、エレオノールの肉体に傷一つつける事はできない――そう思われた。だが、エレオノールは本能的に察知する。
(この相手は危険だ――)
「くっ…!」
迎撃は間に合わず、身をよじり攻撃をかわそうと試みる。しかし暗殺者は馬上に飛び上がり、エレオノールの装着する鎧を構成する板金と板金の僅かな継ぎ目に、刺突短剣をそっとあてがった。
刺突短剣――長さは短剣と同程度の携帯用武器で、錐のように細く鋭い刀身が特徴だ。その刃は板金鎧の隙間に入り込む事が可能で、さらにその下に着用している鎖帷子の隙間すら通り直接肉体を傷つける事ができる。確実に板金鎧の隙間を狙う技術、敵に接近するための素早ささえあれば、腕力のない人間でも強力な騎士を殺める事ができる、まさに暗殺者にうってつけの武器と言えた。
「エレナ!」
椿はエレオノールに駆け寄り、自身の乗る騎馬をエレオノールの愛馬に体当たりさせた。暗殺者はその衝撃を受け、刺突短剣の切先が僅かにずれる。突短剣の切先は、板金鎧の隙間を通る事はなかった。
「隊長!」
「アンスバッハ指揮官!」
周囲の騎士たちもエレオノールに駆け寄ろうとする。しかし、暗殺者の行動はそれよりも素早かった。一撃でエレオノールを仕留める事が出来なかったと判断するなり――その身を翻し、馬上から飛び降り敵兵の中に姿を隠したのだ。
暗殺者が敵兵の中から現れエレオノールを襲い、そして再び身を隠すまで…僅か、数秒。
「エレナ、大丈夫!?」
「ああ、傷は受けていない。だが、君がいなかったらどうなっていた事か――助けてくれてありがとう、ツバキ」
椿とエレオノール、二人は会話を交わしながら敵兵の集団に視線を向ける。その時には、すでに暗殺者の気配は完全に消えていた。
その頃暗殺者は、戦闘で負傷し倒れた巨大要塞兵の下に隠れていた。そこから、エレオノールの様子を伺い…次に、椿に視線を移す。
「あいつがボクの攻撃に気がつかなければ…殺れていたのに」
完璧なタイミングだった。邪魔さえ入らなければ、確実に仕留める事ができていたはず。そもそも、飛び出した瞬間に気付かれたのが想定外の出来事だった。
「まあいい…次は…仕留める」
幼き暗殺者――ハティは、静かに呟いた。




