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軍師殿

 ヌガザ城砦内の広場は敗残兵で溢れかえっていた。その数、約5万。装備を失った兵士、体中泥だらけの兵士、そして負傷している兵士。みな疲れ切っていた。しかし彼らの顔には少なからぬ喜びの色が見えた。地獄から生還する事ができたのだ。まずはその事を喜ばねば。


 百騎隊が開けた包囲網の穴を広げ、聖王国軍は戦線を離脱した。そして一目散に東へと…ヌガザ城砦へと逃げた。最後の部隊がヌガザ城砦へと逃げ込んだ時には、会戦の幕開けから丸一日が過ぎていた。一昼夜かけてここまで逃げてきたのだ。


 完全に包囲された状態から5万もの兵が生還したのは奇跡と言って良かった。その奇跡が実現した背景には、主に三つの理由がある。


 一つはもちろん、百騎隊が駆けつけ敵の包囲を打ち破ったという事。


 二つ目は、殿しんがり部隊の活躍が目覚ましかった事。殿しんがりを担当した部隊は、追撃を試みる帝国軍に対し果敢に反撃を行い足を鈍らせた。そして最後にはロセプス橋を焼き払い敵の進軍を阻んだ。


 そして最後の理由として挙げられるのは…何故か敵軍の総大将、大将軍フィシュタル・ジェネラルたるヒューゴ・トケラウが自ら兵を率いての追撃を行わなかった事である。もし彼自身が追撃を行なっていれば、被害はもっと大きかっただろう。


 とはいえ、これだけの条件が重なっても撤退戦で1万以上の兵を失った。逃げ戦とはそれ程に難しいものであった。





 広場の一隅に百騎隊の姿があった。


「みんな、よくやってくれた」


 エレオノールが隊員達に声をかける。


「エマ副長、包囲網突破の際は一時的に隊の指揮を任せたが…よく隊員を統率してくれた」


「いえいえそんな、とんでもないっす!」


 エマは、「むしろ自分の未熟さを思い知ったっす」と慌てた。


「隊員諸君も、私の無謀な行動によくついて来てくれた。そしてひとりも欠ける事なく百騎隊が生還できた事を心より嬉しく思う」


「はっ…!」

「光栄です、隊長!」


 隊員達がエレオノールへ敬意のこもった視線を向ける。


「そして、椿…」


 エレオノールはツバキの顔を見つめた。


「聖王国軍を救う事が出来たのは、何よりも君の力があったからだ。心から礼を言う…ありがとう」


「そんな、僕なんて…」


「いや、君がいなければ今頃聖王国軍は壊滅し…このヌガザ城砦にも敵兵が詰めかけていただろう。君は、多くの命を救ったんだ」


「そうっすよ、軍師殿」

「軍師殿がいなかったら、いったいどうなっていた事か…」


 そのように言われても椿には実感がなかった。最初はただ思った事を口にしただけで…その後も、とにかく無我夢中だった。けれど、本当に自分が役に立てたのであれば…誰かを救う事が出来たのであれば、それは喜ばしい事だった。


「ありがとう。だけど、えっと…その、『軍師殿』って?」


「ああ、隊員達が誰ともなく言い出したらしい。ツバキは百騎隊の軍師だと」


 エレオノールが言った。


「僕が…軍師…?」


「私も言い得て妙だと思う。ツバキの作戦はことごとく的を射ていたからな。君さえよければ、隊員達にそう呼ばせてやって欲しい」


「僕は…いいけど…」


「じゃあ決まりですね」

「よろしくお願いしやす、軍師殿!」


 なんとなく照れ臭かった。ツバキは、隊員に対してはにかんだ笑顔を向けた。


「百騎隊隊長、エレオノール殿!エレオノール・フォン・アンスバッハ殿はいらっしゃいますか!?」


 声が聞こえた。誰かがエレオノールを呼んでいる。


「私はここだ!」


 エレオノールが手をあげた。


「ああ、そちらにいらっしゃったんですね」


 年若い聖王国兵が近付いてくる。


「エレオノール殿。王太子様がお呼びです。仮本営までお越しになってください」

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