ズメイの選択
竜たちは、体に斧が突き刺さった事により動揺を見せる。
「ちィッ。引け!」
ズメイは後退の命令を下した。彼の操る竜にも、数本の斧が突き刺さっている。
ひとまず、投斧の射程外まで竜兵は後退せざるを得なかった。
「ズメイ軍曹大丈夫ですか!」
竜兵たちは、投斧兵たちを睨みつけながらズメイの乗る竜を中心に集まった。
「問題ねえ。それよりお前らの竜は大丈夫か?」
「はい、何発か食らいやしたが軽症って所です」
「そうか。なら良かった。しかし、投斧とはな…」
投斧。その名の通り、斧を投擲する戦法でありその斧自体を指す言葉でもある。この戦法は、聖王国や帝国といった七つの王国が出来る前、世界がひとつの国であった時代――のさらに前。世界がいくつもの国家に別れていた時代に用いられていた。
投斧の威力は高く、鎧を貫通し中の人間にまで損傷を与える事ができた。単純な威力という点では、弓や弩を上回ると言えるだろう。しかし、今現在この戦法を使う者はほとんどいない。何故か。その最大の理由は、投斧の命中率が極めて低い事にあった。投斧は12m程度の飛距離が出たが、狙った位置に投擲するのは余程の熟練者でも難しかった。密集した敵軍の中に放るのならばともかく――敵がある程度ばらけていた場合は2、3発に1発命中すれば良いといった塩梅で、機動力のある騎馬相手であればまず当てるはできなかった。
さらに付け加えるならば、斧の携帯性の悪さという点も挙げられる。投擲用に軽量化された斧でも、弓や弩で使われる矢10本分以上の重さがあった。つまり、投斧とは弓や弩に比べ極めて命中率が低く持ち運びにも不便な武器、という事になる。それ故に、徐々に廃れていき…現在では投斧は式典などで装備するだけのお飾りの武器となっていた。一応、巨大要塞の倉庫にも納められてはいたものの、実戦で日の目を見る事はなかった――今、この瞬間までは。
「ふはっ!竜の奴、ビビって逃げやがったぜぇ」
投斧兵を率いる二千人隊隊長、オータスは喝采をあげた。エッカルトの作戦が見事にはまったからだ。
投斧の利点――その威力の高さは竜相手にも通用するはず。例え矢を跳ね返す竜の鱗であっても、投斧相手に無傷という訳にはいかないだろう。
投斧の欠点――命中性の低さという点も、竜が相手ではある程度緩和されるはず。何しろ、相手は象よりも巨大な地上最大の生物なのだ。人間を狙うよりもはるかに的は大きい。
以上の二点から、エッカルトは竜に投斧をぶつけたのだが――その目論見が正しかった事が証明された。
もっとも、これで竜を倒す事が出来るかと言うとそんな簡単な話ではない。投斧を食らえばある程度負傷はするが、それが即戦闘不能に繋がるという事はない。竜にとって投斧は、人間にとっての小刀かそれ以下の威力だろう。体に数本刺さった所で、痛くはあるが命に別状はない。しかし、それにも限度がある。数多く突き刺されば出血多量で動けなくなるし、辺り所が悪ければ――例えば目などに命中すれば、その部位が失われる事になる。
(さて、どうするか…)
好戦的なズメイ本来の気性から言えば、負傷覚悟で突っ込んでいきたい所だった。しかしそうもいかない。竜は、北部要塞軍にとって敵の城壁を破壊する事が出来る唯一の存在だった。ここで負傷し、竜が衰弱してしまった場合…北部要塞軍は城壁を破る手段を失う事になる。それは避けなければならない事態だった。
「仕方ねえ」
ズメイは不快そうに眉を歪めた。
「ひとまずは睨み合いだ。竜兵はこの場で待機!投斧の射程は弓ほど長くない。距離を取れば向こうも攻めて来れねえだろう。――伝令兵!ラグランジュ司令官代理に現状を報告してくれ!」
ともかくは、互いに手を出せない位置で待機。そして、司令官代理のエステルの指示を仰ぐ――それがズメイの選択だった。ここで無理をせずとも、中央、右翼戦線はこちらが有利なのだ。エレオノールが中央を突破した後、ズメイ達と連携して攻撃すれば投斧兵は一瞬で蹴散らせるはず。
この選択は、吉と出るか凶と出るか。




