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帝国のアライグマ

 撤退戦が始まった。先頭に立つはエレオノール率いる百騎隊。


「総員続け!」


 帝国兵を蹴散らし、包囲網の外へと突き進んでいく。その後に、聖王国軍本隊が続く。


(行ける!)


 椿は思った。すでに一度包囲は突破している。今度はその道を逆走するだけだ。


 もっとも、外側から包囲を破った際は奇襲に近かった。今度の敵は包囲を破られまいと身構えている。その点で言えば今回の方が手強いと言えるかもしれないが…その代わり、今は後ろに聖王国軍本隊が続いているのだ。彼らは百騎隊の空けた穴を押し広げるのが役目とは言え、後ろに大部隊が続いているというのは心強かった。


 しかし、先頭に立つのはあくまで百騎隊だ。この部隊が先陣を切っているからこそ、壊乱寸前だった聖王国軍の士気が盛り返しているのだ。


 帝国軍を蹴散らし、突き進む。突き進む。突き進む突き進む突き進む――。


 おかしい、と気がついた。いくら帝国軍を蹴散らそうとも、一向に包囲網の外へと達する気配がないのだ。


「エレナ…!」


 後ろからエレオノールの気配を窺う。彼女も事態の異様さに気がついていた。


「包囲網が厚くなっている」


 外から包囲網を突破した時に比べ、明らかに包囲網は重厚になっていた。しかし、エレオノールは落ち着いていた。そうと分かれば対処すべき方法は単純だ。


「進路を変更する!」


 エレオノールはやや左側に進路を取った。包囲の一部が厚くなっているという事は、どこかから兵を連れてきている。つまり、そこの包囲が薄くなっているという事だ。それは左側だろうと当たりを付けて突き進む。


「くっ…」


 だが、そちら方面へ進んだ所で包囲の外は見えなかった。



(読まれている…?)


 こちらがどこを攻め破るつもりなのか相手が予測している。そうとしか思えない動きだった。


「あわわ…わっ…!」


 エレオノールのすぐ後ろを進むエマの体に敵兵の槍が迫った。ギリギリの所でそれをかわす。


「リッツ副長!大丈夫か!」


 エレオノールが剣を振るう。槍を繰り出して来た帝国兵を薙ぎ払った。


「だ、大丈夫っす!」


 百騎隊の速度が落ちていた。騎馬突撃は速度が全てだ。速度と重量の生み出す衝撃力あってこそ敵兵を蹂躙できる。このままではいずれ敵に絡め取られてしまう。


「このままでは…」


 エレオノールに苦悶の表情が浮かぶ。椿にもその苦悩が感じ取れた。


 少しでも何か役に立てないかと、『解析アナリティクス』で周囲を見回してみる。


(駄目だ…士気が高い)


 周囲の敵兵の士気は、ざっと見た所最低でも70、高い者にいたっては90近くある。突くべき弱点は見当たらなかった。優秀な指揮官が指揮を取っているのだろう。


(くそう…!)


 それでも、何かこちらが有利になる情報はないかと周囲を見回し…右手方向100m程先に、『それ』を発見した。


(あれはもしかして…いや、きっとそうだ!)


「エ、エレナ!」


 女騎士の名を呼ぶ。


「どうした、椿!」


「…百騎隊の指揮を、エマに任せて欲しい」


「なに?」


「へっ?」


 エレオノールとエマが、同時に不思議そうな表情を浮かべた。





 帝国軍五千人隊隊長、ピエール・ラムケは騎馬に跨り眠たげな視線を戦場に向けていた。彼のあだ名は『帝国のアライグマ』。その名に相応しく、目の下にはアライグマのような大きなクマがある。やや丸みを帯びた体つきもやはりアライグマにそっくりだった。しかし、彼はれっきとした人間種ヒューマンだ。何にしてもあまり風采のいい男ではなかった。


 とはいえ、彼の容貌を笑う者は帝国軍にはいない。その有能さを知っているからだ。『帝国のアライグマ』も、彼に対する親しみから生まれた渾名ニックネームなのだった。


「…勢いが落ちたな」


 ぽつりと呟く。100m程先に見える聖王国軍百騎隊の事を指している。たった百騎ぽっちしかいないこの部隊こそが、この戦場の鍵となる存在なのだと彼は認識していた。百騎隊を押し留める事さえできれば聖王国軍は勢いを失い包囲網の突破は不可能となる。そして、そうさせる事が彼の任務でもあった。大将軍フィシュタル・ジェネラル直々に与えられた役割だ。


「だが、まだ油断はできんな」


 傍の副長に視線を向ける。


「ファビウスの二百人隊を敵百騎隊の進行方向に向かわせろ。さらに、クラルディの五百人隊をその外周に」


「はっ!」


 指示を下し、包囲網をより強固なものへと変えていく。包囲網のどこを強化し、どこの人員を割くのか。それがピエールの腕の見せ所と言えた。そしてそれは、今現在まだ完璧と言っていい程に上手くいっていた。 

 

「敵百騎隊、ほぼ勢いを失いました!」


 傍の兵が叫ぶ。言われずともそれは見えていた。さあ、これで我が軍の勝利は確定だ。そう思ったその時――百騎隊の中から、ただ一騎。


 獲物を前にした野獣の如き勢いで、竜騎馬が飛び出してきた。





 椿が解析アナリティクスで発見したのは、『帝国のアライグマ』ことピエール・ラムケの存在だった。彼の能力値ステータスは、


 指揮86 武力35 知謀81  政策66


 周囲の帝国軍の中で、ひとりだけずば抜けた指揮能力を誇っていた。防御だけに徹するならば、94という極めて高い指揮能力を誇るエレオノールを相手取っても十分に戦う事ができるだろう。この男こそが、包囲網突破を阻んでいるのだと直感した。


 そして、椿の導き出した結論はシンプルなものだった。


(アライグマに似た、あの男さえ倒してしまえばいい)


 そのために必要なのは、エレオノールただ一人の力。もし百騎隊全員で襲い掛かろうとすれば…方向転換に時間がかかる。また、エレオノールの勢いについてこれない騎馬も出て来るだろう。そういった者達に合わせていれば、速度を失う。敵将まで届かない。


 故に、取った戦略は――百騎隊の指揮を副長に任せての、エレオノールの一騎駆け。


「やあああ!」


 敵兵を薙ぎ倒し、弾き飛ばし、飛び越え…敵将へと迫る。





「ラムケ隊長!お逃げを!」


 ピエール・ラムケの周囲を固める兵が叫ぶ。しかし、既に聖王国軍の女騎士…エレオノールは眼前にまで迫っている。疾い。敵兵に囲まれているにも関わらず、まるで無人の野を行くが如き速度だ。今から逃げ出したとしても間に合わないだろう。


「…儂が倒れた後は、頼む」


 ピエール・ラムケはサーベルを抜いた。くそう、剣は苦手なんだ。こんな事なら、若い頃にもっと鍛錬しておけば良かった――。


 女騎士のロングソードが眼前に迫った。サーベルで受ける。が、弾き飛ばされた。女騎士と視線が合った。


(美しい女だな)


 場違い極まりないが、そんな事を思った。いや、意外と死の直前というのはこんなどうでもいい事を思うものなのかもしれない。


 エレオノールの剣の切先が、ラムケの甲冑を貫いた。


「ぐっ……帝国に…幸あれ」





「敵将!討ち取った!」


 エレオノールは叫ぶ。そして、百騎隊の元へと駆け戻っていく。


「追え!ラムケ隊長を討ったあの女を追え!」

「いや、それよりも包囲網の強化を!」

「し、しかしどこの兵を割けば…」


 ラムケが討たれた事により、帝国軍は混乱に陥っていた。エレオノールは、難なく百騎隊と合流する。


「敵軍は混乱している。さあ、今の隙に包囲網を突破するぞ!」


 エレオノールは叫ぶ。エマ、百騎隊、そして椿は頷いた。





 これより約10分後…百騎隊は帝国軍の包囲網を突破していた。

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