ラジモフとエッカルト2
「さすがね、エレオノールちゃん、ツバキくん。そして騎馬隊のみんな」
自陣に戻ったツバキ達をエステルが笑顔で労った。
「あなた達のおかげで戦況は優位になってきたわ」
巨大要塞軍中央はレプキナが討たれた事により大きく動揺し、左翼もボゥやエマに押されている。そして何より影響が大きかったのが――竜と対峙している右翼だった。
右翼軍は重装歩兵が隊列を組み盾を構え、防御に徹する事で竜を押し留めていた。しかし、防御のみとは言え竜と向かい合うというのは相当な勇気のいる行為だ。中央の動揺が伝わり、隊列から逃げ出す兵が現れ始めた。こうなるともう止まらない――ひとりの兵が逃げ出せば、その隣の兵の心にも恐怖が入り込む。そして逃げ出し、また隣の兵も逃げ出し――と、徐々に戦線は崩壊していく。
今はまだなんとか指揮官とその周囲の兵たちが竜を相手に粘っている状態だったが、右翼の崩壊は最早必至に思われた。
「う、右翼、敵の竜兵に押されています!」
兵が報告するまでもなく、その状況はラジモフとエッカルトにもはっきりと見て取れた。右翼前線の重装歩兵は竜の猛攻を受け、壊走寸前だ。後ろにも控えている兵はいるものの、いったいいつまでもつものか。
「ぐうっ…」
ラジモフが悔し気に唸ったその瞬間――まるで見計らったかのように、一頭の竜が咆哮をあげた。耳をつんざき、体まで震わせるようなけたたましい叫び声。
「う…」
近くにいる訳でもないのに、ラジモフはその咆哮に気圧され思わず後ずさりする。彼の脳裏に、恐怖が芽生え始めていた。もしも万が一、巨大要塞が落ちたら…?その時、司令官であるラジモフの命はないだろう。
「ラジモフ司令官、右翼に援軍を送らなければ。それと、中央にレプキナ将軍に代わる指揮官を派遣するべきです。もしお許しいただけるなら私が――」
城壁の上から戦況を把握し、前線部隊と城壁部隊、さらには市街地の警護を含めた巨大要塞全体に対する作戦を立案してきたエッカルトだったが、事ここに及んでは自身が前線に出なければなるまい。そう判断し進言するも――、
「ラジモフ司令官…?」
司令官のラジモフは、エッカルトの提案など耳に入れてはいなかった。ぶつぶつと独り言を漏らし…何かを決断したのか、
「よし!」
と声を上げた。そしてようやくエッカルトの存在に気が付く。
「おお、エッカルト副司令官か。…ちょっとこっちへ来たまえ」
そう言って、人気のいない場所にエッカルトを連れて行き、彼女に囁いた。
「君をこの城の司令官代理に任命しよう。…わしは、この要塞から逃げる」




