中央攻撃2
エレオノール率いる騎馬隊が敵軍中枢に辿り着いた時には、すでにレプキナは後方へと駆けだしていた。しかし、騎馬隊の勢いは止まらない。馬に跨り逃げるレプキナに追いすがる。
「敵を防げ!レプキナ将軍を守れ!」
残された指揮官が檄を飛ばす。歩兵隊が槍を突き出し、騎馬隊の行く手を阻む。
「甘い!」
エレオノールは巧みに槍をかわし、兵をなぎ倒す。騎馬隊のうち何騎かは歩兵に足止めされるが、先頭を駆けるエレオノールの勢いは緩まなかった。
エレオノールの圧倒的武勇、そして騎兵に対する統率力を阻む事はできなかった。
もしここにシーカ二千人隊長と彼の率いる精鋭がいれば話は違ったのかもしれない。エレオノールの突撃を完全に止める事は出来ずとも、レプキナが後方に下がるだけの時間は稼ぐことができただろう。しかし――今この場に、彼らはいない。そうするように、椿とエレオノールが仕向けたからだ。
つまり、まずは巨大要塞軍左翼をボゥとエマに強襲させ敵に危機感を抱かせる。敵の指揮官がまともな考えの持ち主であれば、左翼に手持ちの兵を差し向けるだろう。それも、強力な兵を。その瞬間、指揮官の周囲は手薄になる。そこを攻める――それが椿とエレオノールの狙いだった。
レプキナは後方を振り返る。エレオノールは止まらない。いや、それどころかすでに数十メートルの距離にまで迫っている。
「くっ…」
何を思ったか、レプキナは自身の外套を脱いだ。そして、
「おいそこの君!」
手近にいた指揮官のひとりに声をかけ、その背に外套を括り付ける。
「し、将軍、い、いきなり何を!?」
「この外套を着けて逃げるんだ。いいから早く行け!」
そう言って、指揮官の乗る馬の尻を剣で突く。驚いた馬は激しく嘶き、棹立ちになる。
「うわあ!」
指揮官は愛馬にしがみついた。そして馬は指揮官を乗せて猛然と走り出していった。
(これで良し…)
追いすがる敵騎兵は、おそらくレプキナの容姿については把握していない。となれば、将軍を表す外套を目印に追撃するはず――。すなわち、先ほどの指揮官をレプキナと誤認して追うはずだ。
もちろん、将軍を示す物は外套だけではなく甲冑や兜なども並の指揮官とは違う特別製だ。しかし、追撃の最中にわざわざそんな細かな違いにまで目を向けはしないだろう。やはり、最も目立つ外套を第一の目印にするはずだった。
「悪いな、私の身代わりとなって死んでくれ」
そう呟いて駆けだした。哀れな指揮官が囮になっている内に安全圏に逃げなければ――。そう思っているレプキナの横を、エレオノールと彼女の従える騎馬が通り過ぎた。
(やはりな)
敵の狙いは最高指揮官の撃破。そのためには、他の指揮官になど目もくれないだろう。
読みが的中し、レプキナは内心でほくそ笑む。これで窮地は脱した。そう思われた。しかし――エレオノールのすぐ後ろを駆ける椿が、
「待って!エレナ!」
そう声をあげた。
「最高指揮官はそっちじゃない。あそこだ!」
進行方向ではなく、斜め後方――レプキナを指差した。
エレオノールは頷く。「何故」「どうして」などとは問いかけない。椿の言葉を信頼していた。
「進路変更!」
目標を剣で示し、馬首をめぐらす。レプキナのいる方へ向けて。
「…はぁ?」
驚きのあまりレプキナの口から間の抜けた声が漏れた。囮へ向かって突撃していくはずの騎馬隊が、こちらへと駆けてくる――まさかこちらが本当の指揮官だと気付かれたのか?そんな、有り得ない。
(なぜ外套を着た指揮官の方へ向かっていかない…!?)
実際、レプキナの策は途中までは上手くいっていた。騎馬隊は、当初は外套を着た指揮官を目指して駆けていたのだから。しかし――レプキナは知らなかった。知る由もなかった。椿の解析の力を。
外套を着た指揮官に近付いた椿は、解析を発動した。そこで得られた能力値は、
指揮42 武力51 知謀44 政策28
という数値。
(おかしい…)
すぐさま違和感を感じ取る。今までの戦いぶりから見るに、敵の最高指揮官はそれなりの指揮能力を持っているはずだった。指揮が42というのは低すぎる。
そう思い、周囲の敵指揮官に解析を行う。すると――ひとりだけ、異様に能力の高い人物を見つける事ができた。
指揮86 武力68 知謀81 政策45
(もしかして、あれが…)
よく目を凝らせば、着ている鎧も他の指揮官とは違う。
(あれが敵軍の最高指揮官――!)
そう判断し、エレオノールに進路の変更を進言したのだった。
騎馬隊は、レプキナに向かって突き進む。




