中央攻撃
「これで左翼も押し返せるだろう。…それにしも、北部要塞軍も面倒な事をしてくれた」
レプキナは、やれやれと肩をすくめた。
(まあ、ここで有能さを見せておけばラジモフ司令官も私を重用するだろう。ふっ…密貿易のおこぼれも相当いただけるだろうな)
エスコ・レプキナはそれなりに有能な将軍ではあったが、決して善人ではなかった。愛国心のために戦っている訳でも、民衆のために戦場に立っている訳でもない。常に己自身のために戦っていた。それ故に、不利となれば無理に持ちこたえようとせず早々に後方へと下がる心積もりでいた。
(もっとも、この戦況であれば後方に下がる必要などないだろうが)
左翼こそ押されたが中央は互角、竜を相手している右翼も防御に徹しよく持ちこたえている。エッカルト副指令の作戦通り、後はこの状況を維持するのみ――。
北部要塞軍中央。
「――動いた。エレナ、今だよ」
レプキナの命でシーカが左翼の救援へと向かった瞬間、椿は傍らのエレオノールに囁いた。混沌としたとした戦場という場において、人の流れは極めて分かり辛い。高台から見下ろしているのならばともかく、戦場のただ中において敵軍の細かな動きを把握するのは不可能と言えた。しかし、椿にはそれを判断するための材料があった。解析で見る事のできる敵軍の士気だ。
士気の高い集団が巨大要塞軍左翼へと向かった。椿は、解析によってその事実を知覚したのだ。
「ありがとう、ツバキ」
エレオノールは微笑み、兜の面頬を下ろした。そして自らの率いる騎兵二百名を振り返る。
「目標!敵軍指揮官!突撃――開始!」
エレオノールの号令一下、騎兵達が駆けだした。騎馬隊は敵と敵の間、僅かな隙間をこじ開けるようにして敵軍指揮官、レプキナのいる方向へ向けて突進する。
当然敵はそれを阻止しようとエレオノールの前に立ちふさがる。しかし、エレオノールの長剣が煌めいたかと思うと、その次の瞬間には敵兵は地に倒れ伏している。
鎧袖一触。ただの兵では、エレオノールの足止めすらままらない。
「レプキナ将軍!前方から騎兵の一団が迫っています!」
レプキナの周囲でも、エレオノール率いる騎馬隊の接近に気がついた。
「なに…?」
報告を受けたレプキナは兵の指差す方向へ目を向ける。確かに、前方で敵の騎馬隊が自軍の歩兵隊を蹴散らしているのが見える。数は僅か二百騎低度…しかし、その勢いは凄まじい。
「…私は引く」
レプキナの判断は早かった。敵の狙いは、指揮官である自分だ。ならばここは後方に下がるべきだ。そう決断し、馬首を返す。
「君達は私の盾となれ。いいな!」
そう告げるや否や、後方へと駆けだしていった。




