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撤退

 聖王国本陣。


「くそう!くそう!どうなっている!」


 王太子は、苛立ちを隠さぬ声で叫んだ。


「何故我が軍が包囲されている!さっさと包囲網を撥ね除けろ!」


「し、しかし…」


 王太子を取り囲む幕僚達は右往左往するばかりだ。包囲を撥ね除けろと言われても、現状すらまともに把握できていないのだ。


 ――ウオオオオオ!


 突如、南西方面から雄叫びが響いた。


「な、なんだ!?」


 幕僚達は狼狽した。帝国軍の歓声であると錯誤したのだ。「どうしたのだ?」周囲の兵にそう問おうとしたその時、竜騎馬が迫り来る。


「うっ…!」


 訳も分からず、幕僚達は身を強張らせる。こちら目掛け疾走する竜騎馬…それに跨る者は、聖王国軍の甲冑を身に付けている。味方だ。しかし、何故本陣目掛け突入してくる!?


 竜騎馬は幕僚達の前で停止した。よく見れば、竜騎馬には二人の人間が乗っている。前に女騎士、そしてその背に抱きつく少年。


「本陣はこちらでよろしいか!?」


「そ、その通りだ」


 面食らいながらも、幕僚のひとりが答えた。


「百騎隊隊長・エレオノール・フォン・アンスバッハ。参上しました」


 竜騎馬に跨った女騎士は言った。


「な、なんでお前が…!」


 幕僚達の後ろに隠れていた王太子が身を乗り出す。


「お前はヌガザ城砦で待機してろと言ったはずだ!」


「申し訳ありません。聖王国軍の危機を感じ取り、独断で駆けつけて参りました」


「なんだと!?貴様、王族たる俺の命令を蔑ろにするか!」


「…処罰なら、後でいくらでも受けましょう。それよりも今は逃げる事が先決です」


「に、逃げるだと?体勢を立て直しさえすれば、こちらに勝利の可能性も…」


「いえ、ありません」


「な、なに!?」


「我が軍は崩壊寸前です。我々に出来るのは、出来るだけ被害を少なく撤退する事…ただそれだけです」


「ぐっ…!」


 王太子も心のどこかでは気付いていた。最早勝利云々を語る段階ではなく…とにかく、逃げるべきなのだと。しかし、彼のプライドがそれを拒んだ。


「何故そうと言い切れる…!我が軍は…俺の軍は、まだ…!」


「殿下、ここで死ぬおつもりですか?」


「なっ…」


 死――その言葉が王太子の心臓を鷲掴みにする。まさか、俺が死ぬ?俺は王族だぞ?いや、しかしここは戦場だ。何があってもおかしくはない。嫌だ、死にたくはない。


「で、殿下」


 幕僚達のひとりが王太子に近付いた。


「ここは…撤退しましょう」


「うう…」


 王太子は、下唇を噛み締める。屈辱感で視界が霞む。しかし、それよりも死に対する恐怖がまさった。


「…分かった。撤退する」


「それでは、血路は我らが切り開きます」


 エレオノールは、幕僚達の中で少しは頭が回ると思われる人物…口髭男のモーリスに視線を向けた。


「私たちが突入してきた包囲網の穴は、すでに塞がれつつあるでしょう。我ら百騎隊が先頭に立ち、再びその穴を破ります。ですので、その後に続きさらに穴を広げて下さい」


「う、うむ」


「それと…殿しんがりをどこかの部隊に頼んでください。過酷な任務になりますが…可能な限り、優秀な部隊に。それによって、どれだけの兵が生還できるかが決まります」


「あ、ああ…」


「それでは撤退の準備に入りましょう。これ以上躊躇(ためら)っている暇はありません」

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