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突入

 圧倒的な破壊力だった。騎馬突撃とは、攻撃というよりは自然現象…例えば、雪崩だとか土石流、荒ぶる風に近いものなのだと椿は知った。


 500kg前後ある動物が自動車並のスピードで突っ込んでくるのだ。しかも、それが百騎そろってとくる。人間の力でどうこうできるものではない。しかも、


「がっ…!」


 百騎隊隊員の持つランスが敵兵の胸甲を貫いた。百騎隊では、隊長のエレオノールと副長のエマだけは剣を使用するものの、その他の隊員は2m近い長さのランスを主武装としている。


 騎馬突撃を受ける者は、まず騎馬それ自体が持つ突進力の脅威に晒されるハメになり…運よくそれから逃れたとしても、馬上の騎士が持つランスよって体を貫かれる。


 漆黒の鎧に身を包んだ帝国兵を蹴散らしながら包囲網の中心へと駆けていく。まさしく疾風怒濤。しかし同時に、エレオノールはこの上ない程に冷静だった。


「副長!現在までに脱落した兵は!?」


「いませんっす!」


「よし!…進路をやや右に変えるぞ。そちらの方が手薄だ」


「はいっす!」


 副長のエマと連携を取り、最適な経路ルートを選び出す。暴風の如き力を有しながら、その力を無駄に振るうような事はしない。しかし、どうしてもその必要がある場合は…、


「我こそは帝国軍300人隊隊長!ドドム・ジムザ!聖王国の女騎士よ!その少数で突っ込んでくるとはいい度胸だ!」


 体格のいい騎馬に乗った帝国軍の武将がエレオノール目掛け突進してくる。味方の兵すら跳ね飛ばしながら。


「さあさあさあ!いざ尋常に――!」


「押し通る!」


 ただ一撃…それで勝負は決した。エレオノールの剣が敵将の甲冑を断ち、その肉体の骨にまで達する。そこで無理に断ち切ろうとはせず、滑らせるように剣を引いた。血飛沫が舞う。敵将は落馬した。


「ジムザ隊長!」


 ジムザの配下らしい帝国兵達に動揺が走った。


「よし!速度を上げるぞ!」


 戦意を失った帝国兵の間を駆け抜ける。椿は振り向き、地面に倒れたジムザを『解析』した。


 指揮70 武力79 知謀21  政策08


 決して弱い武将ではなかった。戦闘面だけに限って言うならば、十分に優秀な将と言える。それをただの一撃で…。


 今度はエレオノールを見た。彼女の背中に抱きついているから、後ろ姿と、後は横顔が少し見える程度だが。


 指揮94 武力88 知謀79  政策99


 というお馴染み数字。


(やっぱり、エレオノールさんは凄い)


 と思っていると…数字の下に、新たな文字が浮かび上がった。


 兵科特性:騎馬隊AA 特質:騎馬突撃A


(これは…!)


 戦闘の最中で、椿の解析アナリティクスは進化していた。


「包囲網を抜けるぞ!」


 エレオノールが叫んだ。





(もうダメだ)


 地面に倒れ伏した聖王国軍兵士、ジョン・フライシャーの頭上で帝国兵が剣を振り上げる。


(俺は死ぬんだ)


 そう確信した。


 万が一、今この瞬間を生き延びる事ができてもそれはほんのちょっとばかり寿命が伸びたというだけだ。聖王国軍は包囲されている。きっと、俺含めて全滅だ。


 こんな事なら、田舎でのんびり暮らしてれば良かった。軍に入って名をあげてやるなんて思わなけりゃ…。そう後悔するが、もう遅かった。帝国兵の剣が煌めいた。死が眼前に迫る。


 しかし、死神の鎌が振り下ろされる事はなかった。剣を振り下ろすその直前、帝国兵は突如現れた騎馬に蹴飛ばされ吹き飛んだからだ。


「え?」


 目を上げると…そこにいたのは、百名の騎士たち。その先頭は、女神の如き美しさと軍神の如き勇壮さを兼ね備えた女騎士だ。


「百騎隊隊長・エレオノール・フォン・アンスバッハ!王太子殿下直率軍救援のため、包囲網を突破して駆けつけた!」


 聖王国兵は、突然現れた騎士達に一瞬呆然となる。


「救援…?」

「包囲網を抜けた来た…?」


 兵達が口々に呟く。


「帝国軍の包囲網は盤石なものではない!我々一同が力を合わせれば…打ち破る事は可能だ!」


「本当か…?」

「包囲を…打ち破れるのか!?」

「う…お…お!」


 兵の誰か叫び声をあげた。それに釣られ、他の者も声をあげる。


「うおおおおお!」


 叫び声は伝播し、耳をつんざかんばかりの歓声へと変化した。





 エレオノール達が進軍してきた反対方面…つまり、ロンシエ平原東側の丘。そこには、騎馬に跨る二人の人影があった。



 落ち着いた佇まいの壮年男性と、どこか掴み所のない雰囲気を纏った青年。二人とも、帝国軍の特徴である漆黒の鎧を身に付いている。


「おやあ、包囲網の一部が突破されちゃいましたねえ」


 青年が言った。声には、どこか楽しんでいるような響きがある。


「大丈夫ですか?ひょっとしたら、ひょっとしちゃうんじゃないですか?」


 青年は、壮年の男の顔を覗き込む。


「そうだね。もしかしたら面白い事になるかもしれない」


 男の声は、静かで…それでいて聞く者の臓腑に沈み込むような重々しさがあった。


「面白い事、ですか」


 青年は目を細めた。


「ああ、面白い事だ。ひょっとしたら、私が待っていたのはこれだったのかもしれない」


 男はさっと右手を挙げた。すると、どこにいたのか…黒衣に身を包んだ女が現れ、男の前で跪いた。


「伝令を頼む」


 そう切り出して、女に何事かを伝える。伝え終わると、女は姿を消した。


 男は再び戦場に目を向ける。その瞳は、何者をも吸い込む奈落のように黒かった。


「さあ…確かめさせてもらうとしようか」


 帝国軍大将軍フィシュタル・ジェネラル、ヒューゴ・トケラウは静かに笑みを浮かべた。

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