フルングニル南部、城壁の上にて
巨大要塞南部、城壁上…見張りに当たっていた兵士のひとりが、その異変に気が付いた。
(何かが近付いてくる…?)
未だ夜の闇が深いため、はっきりとは分からない。しかし、闇の奥…数km程先で、何かが動いている様子だ。さらに、時折風に乗って人が動くような音が届いてくる。これは何か不測の事態が起こっている。そう判断し、巨大要塞の南城壁の警備部隊分隊長に連絡に行った。
「なに?南から大軍が近付いてくるだと?…はっ、そんな馬鹿な」
それが、警備部隊分隊長の答えだった。
「お前、寝ぼけてたんじゃないのか?本当に近付いてくる敵の姿を見たのか?」
「い、いいえ、それは…」
確かに、直接敵の姿を見た訳ではなかった。自信を持って敵が近付いてきているとは言えない。
「そのう…もしかしたら、気のせいだったかもしれません」
「はは、そうだろう」
「すみません…」
「いいから持ち場に戻れ。どうせ何も起こりはしないだろうがな」
巨大要塞は、警備部隊分隊長が生まれる以前から戦いに巻き込まれた事はなかった。世界一堅牢とも言われるこの要塞を攻めてくるような無謀な人間などいなかったのだ。そして、それはこれからも続くと彼は信じてきた。
兵は持ち場に戻った。
(本当に、気のせいだったのだろうか…)
ひとまずは分隊長の命令に従ったが、心の奥には不安が残っていた。その不安に突き動かされるように、闇の奥に目を凝らしてみる。
(やっぱり、人が動いている気配がする)
しかし、絶対にそうかと言われれば確信は持てなかった。それに何かいたとしても人ではなく鹿や狼といった動物の群れかもしれなかった。
(でも、万が一本当に敵兵だったら…)
そう思い、再び警備部隊分隊長が待機している部屋へと向かう。しかし、その途中で足を止めた。
(やっぱり、気のせいだったんじゃ…)
そう考えなおしたのだ。いや、しかし本当に敵兵かもしれない。いや、違うかも…そんな事を考え、部屋の前をウロウロとさまよっていると…、
「あんた、何してんの?」
そう声をかけられた。声の方へと視線を向けると、そこに立っていたのは巨大要塞副司令官であるイルメラ・エッカルトだった。
「ふ、副司令官殿」
兵士は慌てて敬礼する。
「ど、どうしてここに!?」
「いや、なんとなく胸騒ぎがしてね。って、あたしの事より、あんたは何してんのさ?」
「えっと、その…あの…」
兵は口ごもる。敵が攻めてきているかもしれない…という自分の考えを、素直にエッカルトに話すべきかどうか迷ったのだ。それに、エッカルトはまだ赴任して間もない副司令官であるためどのような性格か掴めていなかった。下手な事を言えば、叱責される可能性もあった。
エッカルトの方は、そんな様子を見て取ったのか、笑顔を作り、
「別にどんな理由でも怒りゃしないから、言いなよ」
と言った。兵も、エッカルトの笑顔を見て口を開く。
「は、はい。その…南側から、敵のようなものが近付く気配がして…」
「ん?敵…?」
「あ、いや、そのう…多分、見間違いだと思うんですけど…」
「案内してちょうだい」
「え?」
「だから、あんたの持ち場まで案内して」
「は、はい、分かりました…!」
兵は、エッカルトを引き連れ持ち場へと戻る。
「えっと、あっちの方で何かが動く気配がしたんですけど…」
そう言って闇を指さした。エッカルトは、その方向を凝視した。
「…」
「あの…やっぱり、俺の気のせいですよね…?」
「しっ…!」
エッカルトは、兵の言葉を遮った。闇の中をじっと見つめたまま、耳を凝らしている様子だ。2、3分もそうした後…彼女は、兵へと視線を向けた。
「ありがとう、よく知らせてくれたわ」
「え、え?それはどういう…」
「――敵が来たって事よ」




