騎兵突撃
「この状況、決して絶望的ではない」
エレオノールは言葉を続ける。
「包囲されているとはいえ、聖王国軍は未だ帝国軍よりも数において上回っている。包囲網のどこか一点に力を集中すれば、包囲を破るのは不可能ではないはずだ。しかし…」
戦場に目を向ける。兵達もそれに従うように戦場へと視線を走らせた。
「本陣は状況を把握しきれていない。ひょっとしたら、自分たちが包囲されている事すら気がついていないのかもしれない。今はまだギリギリ均衡を保っているが…ひとたび崩れれば、あっという間に我が軍は崩壊するだろう。それを防ぐ手立ては、ただひとつ…」
エレオノールは包囲網の一部を指し示した。
「包囲の最も薄い場所を狙い、騎兵突撃でこじ開ける。包囲の内側に侵入した後は聖王国軍の本隊と連携、こじ開けた包囲網の穴を内側から広げ、撤退を試みる。それしかない。何か意見のある者は?」
兵達は何も言わなかった。楽な戦いではない。しかし、それ以外に方法がないのは明らかだったからだ。
椿は、戦場に目を向けた。そして――
(解析・開始)
特に考えがあっての事ではなかった。ここからでは距離が遠すぎて、兵を率いる指揮官の顔の識別もままならない…彼らの能力を見るする事はできないだろうと予想はついていた。しかし、何らかの情報を得る事ができるのでは…そう考え、スキルを行使してみたのだった。
予想通り、敵の能力を判断する事はできなかった。その代わり――色が、浮かび上がった。
(なんだ…?)
帝国軍は黄色。聖王国軍は白で着色されている。
(敵と味方って事か…?)
しかし、そう考えるとおかしな部分もある。色の濃さはまちまちで、黄色の濃い…黄金色に近い帝国兵の一団もあれば、薄い黄色の帝国兵もいる。また、少数だが聖王国兵の中にも、黄色を発する一団があった。
いったいどういう事だろうと考えて…『家康の覇道』を思い出す。すると、すぐに答えに辿り着いた。
(これは…『士気』だ)
SLG『家康の覇道』では、軍の強さを左右する重要な要素として『士気』がある。士気とは、簡単に言えば兵達のやる気だ。これが高いと兵達は力を発揮するが、低いと戦闘力が低下する。そして士気がゼロになった部隊は崩壊する。
士気は0〜99まであり、99に近い士気を持つ舞台は黄金色、80代だと濃い黄色。50前後だと薄いレモン色。20代では白になり、0は透明…という風に、『士気が高ければ高いほど部隊は濃い黄色を放つ』というルールに則ってゲーム上では表現される。
(って事は…)
聖王国軍の部隊は、そのほぼ全てが白色になりかけている。極めて士気の低い状態だ。対して帝国軍はレモン色から濃い黄色の部隊が多い。だいたい、士気が50〜80前後…という事だ。士気が50で通常の状態だから、全体的に高い士気を維持していると言える。
(帝国軍は、包囲が成功して勝ちムードって事か。だけど…)
「これより突撃を実施する!」
エレオノールが叫んだ。
「目標は、僅かに包囲の薄い敵包囲網西側とする。総員――」
「ま、待って!」
敵陣に向け今まさに駆け出さんとする瞬間…椿の声が百騎隊の動きを止めた。
「ど、どうしたんっすか、椿っち!?」
エマをはじめ、百騎隊の面々は困惑の表情を椿に向ける。
「突撃するなら、西側じゃ駄目だ…!」
椿の解析で見た映像では…西側の部隊は濃い黄色を放っている。極めて士気が高い証拠だ。
「西側の部隊は、みんな士気に満ちてる…兵の練度が高いか、指揮官が優秀なんじゃないかと思う。それよりも、あっち」
椿は、南西方面の敵部隊を指さした。
「あっちは、西側より包囲が厚いし少し遠回りになる。だけど、あそこの部隊は…士気が低い」
帝国軍の中にあって、その場所だけは例外的に士気が低かった。解析で見ると、ほぼ白色に見える。士気20〜30といった所だ。
「なんでそんな事が分かる!?」
百騎隊隊員のひとりが叫んだ。
「隊長!こんなガキの戯言に付き合ってる暇はありやせんぜ!西側に突撃しましょう!」
今にも走り出さん勢いだ。他の百騎隊の面々もそれに続こうとする。
「待て」
エレオノールは手で制した。敵の包囲網によく目を凝らし――。
「突撃目標を敵陣の南西に変更する」
「隊長!?」
「椿の言った通りだ。南西の兵達には隊列の乱れが見える。積極的に戦おうとする者も少ない。士気が低い証拠だ。叩くならあそこだ。…よく気がついたな、椿」
エレオノールは椿を振り向いた。ふたりは頷き合う。
「総員…突撃!」
鞘から引き抜いたロングソードを振り下ろし、目標を指し示す。
エレオノールの駆る竜騎馬、リンノが先頭となり駆け出した。エマがその後に続き、さらに百騎隊が後を追う。
徐々にスピードがつき、速歩から駈歩へと騎馬の歩法が変わる。みるみる丘を下り、戦場が近付いていく。
丘を降りきった。南西方面に迂回する。馬の歩法が襲歩へと変わった。速い。景色すら置き去りにする。
敵兵のひとりがこちらの気配に気付き、振り向いた――と思った瞬間には、彼我の距離はゼロになっていた。
百騎隊は、敵の包囲網に突入した。




