作戦開始
「改めて状況を説明するわ」
そう言ったエステルの前には、地図が広げられていた。それを取り囲むのは椿、エレオノール、エマ、リヒター、ボゥ、ホフマン。さらに加えて、エステルが信頼できると見込んだ彼女の部下たちが数名。
「巨大要塞側の兵力は、おそらく5万ほど」
そう言って、地図上に描かれた巨大要塞を指差す。
「対して、私たち北部要塞の兵力は3万。これは要塞を攻めるには厳しい数字ね」
砦や要塞を攻める場合、敵軍よりも多数の兵力が必要だとされている。守る側は城壁などを利用して有利な状況で戦えるためだ。椿自身、その事はヌガザ城砦の経験で身を持って知っていた。もしも巨大要塞を攻め落としたいのならば…10万を超える兵力が必要だろう――もっともそれは、通常の方法で攻めるならば、だが。
「しかも…私たちはその兵力の全てを動かせる訳じゃない。私の防衛部隊には七千人いるけど…その多くはヒーマン司令官の言いなりよ。信用できる兵は約千名。それにエレオノールちゃん率いる兵力が千名。合計、2千名ね。それで巨大要塞を落とさなけいけない訳だけど、まあ――無理よね」
一同は頷いた。たった二千人で、五万の兵が守る要塞を陥落させるなど、不可能だ。
「だから、私たちはとっておきの裏技を使うわ。成功するかどうか分からないけど…もう今さら、みんなの覚悟を確かめるつもりはない。私はあなたたちを信じる。だから、みんなも私を信じてちょうだい」
「「はい」」
みなが一斉に返事をした。そして、それぞれが決められた配置につく。
その日、北部要塞の長であるヒーマン司令官は南方の村々の視察に出かけていた。彼は要塞の司令官であると同時に、要塞周囲にある村々の管理者でもある。それ故に、当然の役割ではあったが――実際は、村の実力者たちに挨拶して周り、彼らからの接待を受けるというなかば休暇のような仕事だった。その間、要塞の指揮は副司令官のレホトネンが行う。もっとも、指揮と言っても大した事を行う訳ではない。北部要塞はここ数十年、ずっと平和が続いているのだ。もし何か起きたとしても、市街地でボヤ騒ぎが起きたとかその程度のことだ。
今の時刻は、深夜をある程度過ぎた所――夜明けまではあと2時間といった頃だ。
北部要塞北東部の森の中で、ひっそりと作業を行う一団があった。彼らは、大型投石器の最終調整を行なっていた。狙いをつける角度を今一度確かめ――岩をセットする。そして、北部要塞へと目を向けた。しばらく後に――北部要塞城壁の上で、赤々と燃える松明が振られた。作戦開始の合図だ。
「それでは――発射」
この持ち場の指揮を取るホフマンが号令を下す。大型投石器の腕部が唸りをあげ動き出し、岩が射出される。その岩は放物線を描き飛び――北部要塞の城壁に命中した。




