北部要塞帰還
「ひとまず、無事目的は達成できた…って所か」
侵入した際と同じルートを逆に辿り、巨大要塞から北部要塞へと帰還し…リヒターは安堵のため息を漏らした。
「そうね。目的は達成できたと言っていいわ。敵の司令官の顔も確認できたし、街の状況、門の位置なんかも分かったし…それになにより、巨大要塞の酒場でお酒を飲む事もできたしね」
エステルは笑った。
「…最後のひとつは冗談っすよね?」
そう言うエマの表情も、どことなく明るかった。敵地から帰還したのだ。表情が明るくなるのも当然かもしれない。しかし、椿の表情はどことなく浮かなかった。
「どうしたの?椿くん」
エステルは、そんな椿の表情を目ざとくみつける。
「いえ、その…巨大要塞の副司令官の事を考えてて…」
「ああ、確かエッカルト副司令官だっけ?」
「はい」
「なかなか優秀そうな指揮官だったわね…椿くんの目にはどう映った?」
「…とても優秀な人だと思いました。ラジモフ司令官ではなく、あの人が指揮を取ったとしたら…かなりと強敵になると思います」
「そうね、私もそう思うわ」
エステルは頷く。
「でも、私の作戦が成功したらエッカルト副司令官の『優秀さ』も全く意味を成さなくなるはずだけどね。ま、実際に成功するかどうかは分かんないけど。で、失敗したら私たちは反逆罪で縛り首かしらね〜」
そう言って、あっはっはと朗らかに笑う。エステルのこの能天気さは天然なのか、それとも演技なのか…椿は未だに判断がつきかねていた。
そして実際の所、エステルの作戦には不確定要素が多い。ラジモフを初めとする敵上層部は有能とは言い難かったが、副司令官であるエッカルトの下には有能な人材がいる事も考えられた。さらに、椿に短剣を突きつけてきた少女…。気掛かりは数えきれないほどあった。
しかし、ここまで来てやめるという選択肢はあり得なかった。エレオノールやボゥ、ホフマンといった面々も、水面下で着々と準備を進めているはずだ。
(やると決めた以上、これ以上悩んでいても仕方がない…今は、できる事をやろう)
まずは、入手した情報をエレオノールと共有。そして、できるだけの準備を行う。作戦決行日は近い。たとえどのような結果になるとしても、後悔しないだけの努力は行なっておきたかった。




