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会戦

 ロンシエ平原で戦う兵達は、大まかに言って二種類に分ける事ができた。白銀の鎧を纏った者達と、漆黒の鎧に身を包む者達。


 白銀の鎧を身につけているのが聖王国兵で、黒衣の鎧が帝国兵だ。


 聖王国兵は一塊になっている。数万人の人の群れだ。対して帝国兵。彼らは、聖王国兵の周りをぐるりと取り巻いていた。


「包囲されている…」


 エレオノールの呟きが絶望的に響く。


「包囲…?」


 これが戦争における包囲というものか…と、椿は思った。その概念を知ってはいたし、SLG『家康の覇道』にもそういった戦術は存在する。しかし当然ながら、実際に包囲戦を行っている軍を見るのなど初めての経験だった。


「でも…包囲って普通、数が多い方が数の少ない方を取り囲むもんなんじゃないの?聖王国軍は10万、帝国軍は5万なんでしょ?なのに、聖王国軍が包囲されてるって…」


 椿が素朴な疑問を口にした。


 包囲戦とは、言ってみれば『敵を取り囲んで攻める』という事。数の多い方が、数の少ない方を取り囲むのが自然な形だ。


「いや、聖王国軍は10万もいない」


「え?」


「私の見た所、7万を切っている。3万を超える兵は戦闘不能だという事だ」


「そんな…」


 そう言われて目を凝らしてみれば…平原のあちこちに、土埃を被って輝きの鈍った甲冑が転がっている。まさか、あれは敵に倒された兵士達だという事か。


「ひ、ひいいい!」


 突如、恐怖に濡れた叫びが響いた。そちらへ目を向けると…白銀の甲冑を身に纏った男がひとり、ロンシエ平原から丘の方へ狂ったような勢いで駆け上っている。聖王国の兵士だ。


「君、どうした!」


 エレオノールは、兵士に近付いて問いかけた。


「ひっ!」


 兵士は、エレオノール達百騎隊の姿も目に入らないまでに無我夢中で走っていたのだろう。突然声をかけられて、その場で腰を抜かして尻餅をついた。


「怯える必要はない。私は聖王国軍の百騎隊隊長、エレオノール・フォン・アンスバッハだ」


「あ、あ、聖王国…軍…?」


 恐怖に歪んでいた兵士の顔に安堵が浮かぶ。


「な、なんでこんな所に…?」


「すまないが、それを説明している暇はない。それよりも…なぜこんな状況になった?どうして聖王国軍が包囲されている?教えてくれ」


「それは…」


 兵士は、ちらりと後方を帰り見た。帝国軍が追って来ているかもしれない…という恐怖を抱いているのかもしれない。しかし、近くに帝国軍の人影は見えない。ひとまずは、安堵に胸を撫で下ろしてエレオノールへ向き直る。


「戦いが始まったのは、日が昇ってしばらくしてからでした。聖王国軍の先鋒は、ゲルフ・ガルバー将軍率いる2万です」


「『宿将』ガルバー将軍か。それで?」


「聖王国軍は、ガルバー将軍が敵正面と戦っている間に、右翼と左翼を回り込ませ帝国軍を包囲する計画でした。しかし…失敗しました」


「なぜ?」


「ガルバー将軍を迎え撃ったのは、敵の総司令官ヒューゴ・トケラウ大将軍フィシュタル・ジェネラルその人でした。そして、両軍が接触して間もなく…ガルバー将軍は討ち取られてしまったのです。それでも先鋒2万は立て直そうとしました…が、大将軍フィシュタル・ジェネラル直率兵の猛攻の前に瞬く間に崩壊」


 兵士は、体をぶるりと震わせた。戦場で経験した恐怖を思い出したのだろう。


「王太子は、展開しかけていた右翼と左翼が分断されるのを恐れ、再び一箇所に集まるよう命令を下しました。思えばこれが最大の悪手だったんです。…くそう、あの無能王太子め!」


 兵士は、しまったというように自らの口を押さえた。親しい者同士が隠れて囁き合うならともかく、面識のない人間の前で王族に対する侮辱など不敬罪で訴えられかねない。


「も、申し訳ありません、俺…」

 

「いや、いい。それよりも続きを聞かせてくれ」


「あ、は、はい。それで…我が軍は、一箇所に集まり全軍で真正面からぶつかり合う戦法に切り替えたんです。例え先鋒の2万が崩壊しても、まだこちらには8万の兵がいる訳ですから…」


 8万対5万。数的には聖王国の方が未だ優位だった…という事だ。


「でも、相手はこっちが準備を整えるまで待っちゃくれません。戦争なんですから。右翼と左翼が中央に戻ろうと反転した隙を突き、両翼に攻撃を加えました。結果、両翼共に混乱…それは王太子のいる本陣にまで波及して…まともに体勢を立て直す間も無く、帝国軍は聖王国軍を包囲しました」


 兵士はがっくりと項垂れる。


「俺はたまたま、乗ってた馬が暴れて、包囲が完成する前に運よく戦場の外へ放り出されたんです。もしあの場に残ってたらと思うと…」


 男は、自らの体を抱くようにぎゅっと縮こまった。


「よく話してくれた。…ホフマン!」


 エレオノールは、百騎隊隊員の名を呼んだ。


「はっ!」


 返答と共に、髪の半ばが白くなった高年の騎士が前へ進み出る。


「彼を連れて、ヌガザ城砦へと戻って欲しい。城砦司令に、我が軍が壊滅の危機にある事…場合によっては、帝国軍が城砦まで攻め入ってくる可能性がある事も伝えるように」


「畏まりました、隊長殿」


 ホフマンは兵士を馬に乗せると、東へと駆けていった。


 それを最後まで見送る事なく、エレオノールは百騎隊の隊員達へと視線を移す。


「諸君、聞いての通りだ。王太子殿下率いる聖王国軍は包囲され、壊滅の危機にある。王太子軍が壊滅すれば、帝国軍はその勢いを借りヌガザ城砦へ…さらには、その奥へと侵攻してくるだろう。それは阻止せねばならない」


 エレオノールは言葉を区切り、一同を見回した。


「我ら百騎隊は戦場に突入する。王太子軍を救うために」

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― 新着の感想 ―
[一言] 「よく話してくれた。…ホフマン!」 ホフマンは、自分の名前を名乗っていないのに、どうして名前を知ったの?当初エレオノールは、「君、どうした!」と兵士に近付いて問いかけていたから名前は、知っ…
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