夜間行
一行は、北門を抜けた。ここから左手に進めばティグラム山脈、右手に進めばラルゼ海である。釣りに向かうのであれば右手に進むべきだろう。しかし、一行は北へと進路を取った。北部には平地が広がり、その先にはヴィムル川が流れる。そしてさらに川の先にあるのは――巨大要塞だ。
巨大要塞までの距離は約10km。馬であれば1時間、歩きであっても2、3時間で到着できる距離だ。その道のりを、椿たちはゆっくりと進む。他人に気付かれないようにするため、松明や燭台などの照明器具を使うことはできない。月明かりだけが頼りだった。
「椿っち。そこ、木の根が飛び出してるっす。足引っ掛けちゃわないように…。あ、ラグランジュ部隊長、道を外れかけてるみたいっす。注意してくださいっす」
時折、エマが注意してくれる。彼女は夜目が効くらしい。ちなみにリヒターも夜道を難なく進んでいる。ものぐさだがだいたいの事はそつなくこなすリヒターらしかった。
「うーん…ほぼ一本道だから大丈夫だと思ってたけど、灯りがないと方向感覚を失って迷っちゃうわね。これは対策しておかないと…」
エステルは呟く。
「あ、ラグランジュ部隊長、ほらほら、考え事してると茂みの中に突入しちゃうっすよ…」
エマがエステルの手を引いて、進路を戻す。そんなやりとりをしながらしばらく歩いた所で…一行はヴィムル川に差し掛かった。このヴィムル川が、聖王国と北統王国の実質的な国境線だった。表向きは、外交交渉で使節が往来する場合を除きこの川を越えて両国間の行き来は行われていないという事になっている。もちろん、実際にはこの川を越えての密貿易が行われている訳だったが。
川にかけられた橋の近くには、聖王国軍の監視所が建てられていた。椿の感覚から言うと町の交番といった規模の建物で、監視のための兵が常駐している。椿たちは建物へと向かった。
「これはこれは、お待ちしていました」
扉を叩くと、中から素早く男が現れた。あからさまな作り笑いが印象的な男だった。彼の地位は、300人を率いる部隊長と同程度。つまりリヒターとほぼ同格の地位なのだが、その割には指には高そうな指輪をいくつもはめている。彼の表向きの役職は監視所の責任者。そして裏では…密貿易を手引きをするのが生業だった。




