王太子2
「俺は…一年前、あいつに…殴られた事がある」
ヨハンネスが思い出すのは、王宮での出来事。あの時ヨハンネスは、椿に対して「俺を殴ってみろ」と挑発した。当然、そんな事は出来ないとヨハンネスは考えていた。しかし椿は迷わずヨハンネスを殴りつけた。
「あの時は…あいつの…ツバキの気持ちが…分からなかった。でも、今になって思えば…あいつは…俺に、傷付けられた人間の痛み…みたいなのを…伝えようとしたんだと…思う。俺がやった事の愚かさを…教えたかったんだろうなって…」
取り巻き達が上辺だけのお世辞を述べる中で、あの少年だけは正面から自分の行いを非難し、向き合ってくれた。全てを失った事で、ヨハンネスはようやくその事実に気がつく事が出来た。だから――。
「だ、だから…その…む、ムシのいい話だと…思うけど…。さ、さんざん色んな人間に酷い事をして…俺が…そんな事を言える立場じゃないって…分かってる、けど…」
ヨハンネスの瞳から、後悔に満ちた涙が零れ落ちる。
「あ、あいつに…『ごめん』って…伝えて…欲しい。は…はは、あいつの事を処刑しようとした俺が…今さらどの口で言うんだって話だけどさ…」
「分かった。必ず伝えておくよ」
横たわるヨハンネスの横にしゃがみ込み、レイアは頷いた。その返答に満足したかのようにヨハンネスは、
「頼む」
とだけ告げて瞳を閉じる。そして小さく二、三度呼吸した後…ヨハンネス・フォン・リーゼンバッハは息絶えた。




