ヨハンネス・フォン・リーゼンバッハ3
ヨハンネスは脳裏に思い浮かべる。物心ついてから今日までの日々を。
幼い頃、ヨハンネスは自分は特別な人間なのだと思っていた。剣を振るっても、絵を描いても、何をしても周囲の人間は自分をもてはやしてくれる。「天才です」「さすが聖王国の後継者」「あなた様のような素晴らしい才能の持ち主には出会った事がありません」。そんな賞賛を受けるのは日常茶飯事だった。だから、自分は選ばれた人間で…他の者とは違うのだと、当然のように思っていた。
しかし、10代の半ばに差し掛かりある程度分別がつくようになると、自分の考えに疑問を覚えるようになってくる。
――自分は本当に天才なのか?
――他の者達は、自分をおだてているだけではないのか?
そのくらいの事は、ヨハンネスにも考える事が出来た。本当は自分は大した事がない人間で…ただ、王家の跡取りに生まれたという理由で周りは自分をおだてているのではないかと。だが…そんな考えが思いついた所で、ヨハンネスはそれを確かめようとはしなかった。確かめるのが…怖かった。もしも自分が特別ではない、ただの凡庸な…いや、凡庸以下の人間だったらどうする?そんな辛い事実と向き合う事など出来はしない。だからヨハンネスは、自分の考えに蓋をして…『自分は特別だ』という幻想に酔い続ける事にした。
ロンシエ平原でヒューゴ軍との戦いで大敗北を喫した際も、あれは仕方のない事なのだと自分に言い聞かせた。相手は、世界に二人しかいない軍事の頂点たる大将軍。自分以外の者が指揮を取ったとしても負けていた。そうやって、ヨハンネスは幻想だけを見続けて生きてきた。だが…あの日。ミュルグレスが聖都へと攻め寄せたあの日、全ての幻想は消え去った。




