フェルマー・シャルンホスト
カイがエルンストを打ち倒す少し前。エレオノール軍右翼軍団対ヒューゴ軍左翼軍団…すなわち、エステルvsシャルンホストの戦場。少し前までは睨み合いを続けていた両軍だったが、現在は完全に様相が一変していた。
上将軍、ディルク・カルヴェントを先頭にしてシャルンホスト配下の兵達はエステル配下の兵達に攻めかかっている。両軍の間にはいくつもの沼があるため、攻め寄せるシャルンホスト配下はその沼に足を取られてどうしても進軍が遅くなる。しかし、そんなものはお構いなしとばかりにシャルンホスト軍はひたすらに攻め立てていた。
どうしてこのような状況になったのかと言えば、理由は単純――エステルが自身の配下をカイへの援軍として送ったため、兵力の均衡が崩れたからだ。現在、シャルンホスト軍団の兵数約20万に対し、エステル軍は約5万。実に4倍の兵力差だ。
もっとも、これだけの兵力差があろうともエステルならば十分に対応できる……相手が、並の指揮官であれば。
「まったく、嫌になるわね…」
エステルは、目の前で繰り広げられる戦いを見ながらため息を吐いた。現在彼女は、可能な限りの手を打っている。沼の上に枯れ葉を敷き、行軍可能な平地に見せかける…つまり落とし穴の設置。橋を架けるために用意してあった木材を利用し、防御陣地を構築する。敵の注意を惹きつけるために陽動部隊を派遣する…など、それこそ休む間もないほどに無数の策を繰り出し続けていた。だが…その全てが、シャルンホストに看破されている。
「フェルマー・シャルンホスト…やっぱり本物の実力者だったわね」
まだこちらに大きな被害は出ていないが、敵は確実に本陣に迫っている。戦線が崩壊するのは時間の問題と思われた。




