ユリアーナのお願い
あらすじ
大陸大戦が勃発し、小国のシャマタル独立同盟も出兵を決定する。遠征軍の総司令官はクラナ・ネジエニグが抜擢される。ユリアーナには特に従軍の依頼はなかった。
ファイーズ要塞駐留軍の出兵の報せはフェーザ連邦方面に駐留していたユリアーナとローランの元にも届いた。
だからといって、ローランの第七連隊に出兵の命令が来たわけではない。
可能性は低いが、フェーザ連邦が侵攻してきた際の備えとして、第七連隊を動かすことは出来ない。
その為、ユリアーナも特に動く必要はなかったのだが…………
「大陸連合対イムレッヤ帝国、とんでもない戦争に参加することになったわね」
「大陸が面白いことになっているのに。ここは平和だな。つまらない」
「あんたね、平和がどれだけ大切か分かってるの?」
「分かっているさ。正直、シャマタルは終わったと思ったからな。こうやって、お前といられるのは嘘のようだよ。体は本当に大丈夫なのか?」
「ええ、でも、また傷が増えじゃった」
「これが一番大きいな」
「んっ…………」
ローランは肩の傷に触る。それはランオ平原でリユベックに斬られた傷だった。
「こっちのは深そうだ」
「んんっ…………」
今度は腹部の傷を触る。それはアルーダ街道でカタインに刺された傷だった。
「しかし、お前の回復力は異常だな」
「ちょっとあんまり触らないでよ。肌が薄くなって、敏感なの」
「そんなことを聞いたら、もっと虐めたくなる」
「ちょっと! まったく…………ねぇ、ローラン、お願いがあるの」
ユリアーナは息を整えてから、少し緊張した声で言う。
「お願いってことなら、俺は断ってもいいんだな?」
「…………」
「お前の中では決まっていることなんだろ」
「私、クラナ様の力になりたいの」
「リョウが付いている。それにフィラックさんやアーサーンさんもいる。お前がいなくても大丈夫じゃないか?」
「そうかもしれないけど、ルルハルト・ラングラムって奴は不気味なのよ。後から嫌な報告を聞いた時、後悔したくないの。フェーザ連邦方面は当分平和でしょ?」
「まぁな、フェーザ連邦は近年の敗戦続きで国力を疲弊している。大陸連合に参加した状態でシャマタル独立同盟にまで兵を向ける余力はないだろうな」
「そして、ファイーズ要塞方面は現在軍事衝突の可能性はないわ。シャマタル独立同盟は外敵の脅威はない」
「なら、平和を謳歌っていかないのがお前だよな」
「駄目ならいいわ。諦める」
「で、なんかあったら、気まずいだろ。俺には選択肢がないわけだ。仲間思いで、いつも損な役割をするのがお前だ」
ローランはユリアーナの頭を優しく撫でた。
「行って来いよ。ただし、二つ、約束しろ。絶対に守れ」
「な、何よ?」
「まずは生きて帰ってくることだ」
「分かった。絶対に約束する。で、もう一つは?」
「もう一つは…………」
ローランはユリアーナにしていた腕枕を抜いて、ユリアーナの上になった。
「体に異変があったら、戦線を離脱しろ。お前は女なんだ」
「昔、カリン様は妊娠を隠して、戦場に出たらしいわね。その結末も私は知っているわ」
「俺は悲劇の物語の主役をやるのはごめんだ」
「約束する。体に異変があったら、すぐに帰ってくるわ」
ローランは微笑み、ユリアーナの頬に手を当てた。
「なら行ってこい。お嬢様とあの青年をよろしく頼む。いつ出発する気だ?」
「明日にでも出発しようと思ってる」
「お前、なんでギリギリまで…………」
「だって、言いづらかったの! 前にファイーズ要塞に行って、帰ってきてからあなた、ちょっとだけ機嫌悪かったし」
「…………否定しない」
「今回は多分前回より長くなるから、余計に言いづらかったの」
「で、寸前になったと。おかげで俺はかなり不機嫌になった」
ローランはユリアーナに覆い被さった。
「ちょっと、またする気!?」
「やっとけば、お前が早く帰ってくるかもしれないだろ」
「さっきまで体力切れだったくせに…………いいわよ、朝までだって付き合うわよ」
「それはさすがに俺が死ぬ。お前って逞しくなったよな」
二人はまた重なり合う。
次の日、ローランはユリアーナが動く気配で目を覚ました。
「ごめん、起こしちゃった?」
「むしろ起こせ。何も言わずに行ったら、俺はさらに不機嫌になるぞ」
「出る時には声を掛けるつもりだったわよ。こんな身勝手な妻でごめんさない」
「今に始まったことじゃない」
二人はお互いの唇を合わせた。
恐らくそれは今までで一番長かった。
「最初は十年近く待ったんだ。それに比べたら、短いさ」
「ありがとう、行ってくるわね」
ユリアーナは家を出る。
「さて、久しぶりの戦場に行きましょうか」
読んで頂き、ありがとうございます。
こんな感じで一話完結の話を投稿していこうと思います。
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