昔とリーダー
「お前、このギルドから抜けろ」
「……は?」
苦い記憶だ。昔の、今の俺が俺じゃなかった頃の話。
「お前、ギルドに迷惑かけてる自覚あんのか?」
「い、いや……俺、別にお前達に迷惑かけてねぇだろ? この前だって、ちゃんとクエストをこなしてきたし────」
「お前が出しゃばるから周りが活躍できねぇんだよ。お前が動けば周りは動けない、お前が力を使えば巻き込まれる恐れがある────はっきり言うが、お前は強いが邪魔だ」
目の前の男が冷たく言い放つ。昔、一緒にパーティーを組んで共にギルドを作って────そして、百人を超える規模まで拡大させてきた仲間。その筈なのに、どうしてこいつは俺を突き放すのだろう?
当時の俺は、それだけが疑問だった。
「さっさと荷物を持って出て行きなよ〜! もうここに、あんたの居場所なんてないんだから!」
横に控える茶髪の少女も、同じ事を言う。そして、この部屋に集まるギルドの中心人物も、皆冷たい目を向けていた。
……そこまで、王持ちは嫌われるのか。ただ、強力な力を持っただけなのに、好きでこの力を得た訳じゃないのに、このギルドの為に振るって来ただけなのに────
「……分かった」
苦い……苦い記憶の話だ。
皆からそう告げられ、荷物を纏めてギルドホームを出た時は悲しいものだった。今まで一緒に戦ってきたメンバーも、堂々と「出ていけ」「清々する」など、罵詈雑言を浴びせてくる。
……本当に、どうしてこんなにも腫れ物にされるんだろうな?
……いや、違うか。
はみ出し者って呼ばれるんだ。
♦♦♦
こうして、俺は長く居続けたギルドを抜けた。メンバーから薄々邪魔者扱いされていると思っていたが、急に出ていけ────なんて言われるとは思っていなかった。
泣き続けたような気がする。一人で、心が底に沈みながら……ずっと。
そして、この街に辿り着いた。何の目的もなく、ただただ漠然と。
そこで、俺は彼女と出会ったんだ。
『あなた、王持ちでしょ?』
『分かるわよ、だって私も王持ちだもの』
『ねぇ、私と一緒にギルドを作らない?』
『私達みたいなはみ出し者が寄り添い、助け合い、家族のように毎日楽しく過ごせる────そんなギルドを』
『きっと楽しいと思うのよ。王持ちってだけで世間から疎まれて寂しい環境で過ごしてきた私達が暖かい場所を作る────きっと、それって素敵で幸せな事だと思うの』
目を惹くような銀髪を靡かせた彼女の手をとった。
誰もが認める美貌に惹かれた訳では無い。ただ、彼女の言葉に傷ついていた俺は惹かれて────
♦♦♦
「それで、そっちの依頼も無事に終わったのね」
「まぁな。そっちは無事────って訳じゃなさそうだけど」
夜遅く。皆が寝静まった中、俺はギルドホームのリビングで酒を仰いでいた。この世界で酒は十五歳から飲める。だから、飲もうと思えば同じ十五歳であるソフィアちゃんとポーレットも飲めるのだが……あいつら、酒の匂いを嗅いだだけですぐに逃げるからなぁ。ちなみに、イザベルは豪酒も豪酒。俺、ついていけない。
「まっっっったくよ! イザベルったら、薬草採取の筈なのに大剣振り回すのよ!? お陰で森は燃えるわ、薬草は何処かに消えるわで……本当に疲れたわ……」
横では、同じソファーに座りながらリーダーが疲れきった表情で葡萄酒を飲んでいた。
露出の多いネグリジェと、妙に火照った顔がどことなく色っぽい。……いかん、目のやり場に困るわ。
「あいつは剣がないと生きていけないような人間だからなぁ。もういっその事、討伐クエスト以外はやらせない方がいいんじゃないか?」
「それはダメよ。私達は皆平等なの────イザベルだけ特別扱いはギルドルールに反するわ。それに────」
リーダーは葡萄酒を口に含み、少し言葉に陰りを乗せた。
「私達は、周囲に馴染まないといけないの。ちゃんとこの世界で、同じ人間として生きていかなければいけないのよ……だから、イザベルには不向きと分かっていても、ちゃんとやらせないといけない……それが、イザベルの為だから」
「……そうか」
俺もリーダーと同じ葡萄酒を飲みながら、その言葉に耳を傾ける。
俺達ははみ出し者だ。だけど、それでも立派な一人の人間であり、人間は個だけでは絶対に生きていけない。
故に、クラウン以外の人間とも馴れ合わないと、これからの人生で確実に躓いてしまうのだ。
だからリーダーは、俺達を周囲に馴染ませようと、受けて入れて貰おうと、人気のない依頼を積極的に持ってきて俺達に力に溺れないような生活をさせている。
一重に、俺達はみ出し者がちゃんと生きていけるように。
「無理し過ぎんなよ? リーダーは無理し過ぎる性格してるからな」
「あら? そもそもあなた達がやらかさなければ、私はこんなにも苦労しないのだけれど?」
「……さーせん、善処します」
前向きに検討する事を検討致します。
「ふふっ、ゆっくりでいいわよ……本当に、無理しない程度に、伸び伸びと頑張ってくれればそれでいいわ」
そう言って、リーダーは可愛い子供を見るような顔で笑う。
その笑みに、思わずドキッとしてしまう。それは、リーダーだから……なのかもしれない。
「……そう言えば、あれからもう三年かぁ。早いもんだよな」
「そうね……私がロイドに声をかけて、もう三年経つのね」
時間とはあっという間に過ぎるものだ。
俺が前のギルドから追い出されリーダーに声をかけてもらってから早くも三年が経つ。
「すぐにギルド申請して、一緒にギルドホームを買ったよな……あの時は二人だけなのにどうしてこんなに大きな家を買うんだって抗議したっけ?」
「だって、これからギルドメンバーは増えていくんだもの。現に、一年経ってすぐにイザベルがギルドに入ったじゃない」
あー……確かにそうだったなぁ。いきなり「ここに強い奴がいるってのは本当か!?」って突撃してきたんだった。
今思い出しても、迷惑極まりなかったよな。
「その次に、リーダーと俺がポーレットを山で拾ってきて、次にソフィアちゃんを街中で見つけて────」
「そして、今のクラウンになったわね」
……時間が経つのは本当に早いものだ。皆が入ってきた時の事が昨日の事のように思い出せるのだが、実際にはかなりの月日が経っている。
「……賑やかになったわよね」
「賑やか過ぎて困るけどな」
賑やかになり過ぎて賢者タイムも与えてくれない。今では、夜な夜なこっそり抜け出さないと娼館に通えなくなってしまった。
「いいじゃない。私の理想はこんなギルドなのよ────二人で一緒に頑張った時も楽しかったけど、今のこの騒がしくて賑やかなギルドも……私は好きだわ」
「……そこは否定しないよ」
グラスの葡萄酒がどんどん減っていく。今日開けたビンも、いつの間にか底を尽きかけていた。
「……リーダーには感謝してるよ」
「何よ、急にそんな事言っちゃって?」
「……いや、酒が入ったからだ」
どうやら、俺も酒が回ってきたらしい。体がポカポカしてきたし、心で思っていた事がすんなりと口から漏れてしまう。
そんな俺の言葉を聞いて、リーダーは────
「そんな事言ったら私もよ……。ロイがあの時私の手をとってくれて、見放さずずーっと私についてきてくれなかったら……今頃、私は何処かで挫折していたし、今のギルドは作れなかった」
だから、と。リーダーは俺の耳元に口を近づけて、そっと囁いた。
「私の方こそ、ありがとう……私の、特別なパートナーさん」
その言葉は、俺の心臓を高鳴らせた。だからこそ、その時のリーダーが妙に美しく見えたのかもしれない。