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ポスター  作者: 長迫
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 「ところでなんであんたがこの町に用事なんかあんの?」


イサムは本当のところをワカゾノに喋ってしまうと小馬鹿にされそうだと気が進まず、仕事の関係だと適当に答えた。

ワカゾノはおかしな顔をしてイサムを横目で見たが何も言わなかった。


 「おいワカゾノ。コーヒー、一口くれ」


 「いやだ」


イサムはジャージのジップアップを一番上まで閉めた。

歩いても汗ひとつかかなかった。

ワカゾノの実家のある町に近づくにつれて、町はより淋しくなっていく。

土地が安いのか、大きな家が立ち並ぶ。

そんな家々の窓をイサムはちらりと覗く。

ある家では中年の女がソファに寝転んでテレビを眺めている。

その目はテレビの向こう側を見ているように遠くを見据えているようだった。

とある家からはピアノを弾く音が聞こえてくる。

間違えてばかりだが、チャイコフスキーの曲だ。

暗い曇りの似合う町だ、とイサムは思った。

大きな犬とのんびり散歩する年取った男が二人の前を横切った。

犬も男もとてもゆっくり歩くのでイサムとワカゾノは立ち止まって、犬と男が過ぎ去るのを見送らなければならなかった。

スローな町だった。


 「言っておくけどイサムがご所望の場所には、なにもないよ」


 「薄々感じてたところだ」


イサムはシルクハットを被りなおす。

空を見上げると鳩が群れを成して飛んでいるところだった。


 「マジで何もないんだぜ、その住所」


ワカゾノは念を押し、飲み終わったコーヒー容器を道にぽんと捨てた。

容器は近くの家の花壇に見事に入ったが、その家の花壇は荒れていてワカゾノの捨てたゴミはなんとも言えなくマッチした。

植木鉢は欠けているし、植物も枯れている。

履き古したサンダルが片方だけ転がっている。

竹ぼうきと緑色のプラスチックのじょうろが花の上に倒れこんでいる。

ワカゾノを産んだ町。


 「何もないって言ったって、その住所が存在しないわけじゃないだろう」


ワカゾノは皮肉っぽく笑って答えた。


 「その方がいっそいい」








イサムは住宅地を抜けたころから辺りを落ち着かなく見回しはじめた。

イサムの頭を駆け巡るあのポスターは古い文房具店にしか貼られておらず、それ以外の場所で確認したことがなかったのだ。

しかしここはあのポスターの下部に書かれていた住所にほど近い場所だ。

どこかに貼られていても不思議じゃない、とイサムは期待する。

そこでイサムはひょっとして優先順位を間違えたかもしれないな、と思った。

あの文房具店の人間に一体どういう経路で入手したポスターなのかを訊けばよかった、と。

イサムは混乱していた。

一過性の興味に真剣になるなんて本当に馬鹿みたいだ。

それでもあのポスターには何かあると思えるのだ。

何かある。


 「あ、ワカゾノくん?」


イサムは女の声に驚いた。

前から小走りにやってきた女の子はワカゾノに手を振っている。

この子はポスターの女じゃない。

明るい茶色の髪をボブにしている。

目が小さくて主張の少なそうな口元。

大きなヒッコリーのオールインワンを着てにこにこしている。

頬はそれがチークと誰もがわかるように桃色に染まっている。


 「おう」


ワカゾノは半ば彼女を無視して歩き続けている。


 「帰ってたの?」


 「いや」


言葉少ななワカゾノはかなり不機嫌そうだった。

イサムは珍しい態度のワカゾノに驚きを隠せなかったが好奇心から二人がもっと会話をすることを望んだ。

イサムの願いをよそに女の子はすぐに反対方向に歩いていった。

話を続けられなかったのだ。

ワカゾノの対応が尋常でないほど冷たかったからだ。

ワカゾノはスーツの下のシャツの袖口をかじっている。

先にされたと同様にイサムはシルクハットを乱暴にワカゾノの頭にかぶせた。


 「素っ気ないな」


邪気のない女の子の顔を思い出すとイサムは少し可哀想になった。

不細工だけど愛嬌があった。


 「別れたガールフレンドとか」


そんなイサムの言葉を聞いてワカゾノは穴が空くほどイサムの顔を見た。

イサムは無視した。

ワカゾノはやがてシャツの袖から口を離してこう言った。


 「あれはただのサイフだ」


つまり俺は後釜か、とイサムは肩を落とした。

本当にワカゾノを実家に置いてこようかな、と考える。







イサムの期待に沿うことなく、ポスターはこの町でも見つけられない。

 

 「もうそろそろ」


最後の煙草にイサム火をつけたときワカゾノが言った。

イサムの胸は妙に高鳴った。

なにか見つけられるだろうか。

あのポスターにつながる何かを得られるだろうか。


 「何も無いって、具体的にどういう状態なんだよ?」


イサムは興奮を隠せない。

ポスターの女が目に浮かぶ。

今まで触れたどんな芸術作品よりもイサムの心を掴んで離さないあのポスターの真髄が近づいてきている。

浮かれるイサムの横ではワカゾノが眠そうな顔つきでだらしなく歩いている。


 「倉庫だよ」


 「倉庫?」


 「倉庫しかない。しかももう使ってない。何十年も前に工場があったんだけど、そこの持ち物だよ」


イサムは少し解らなくなった。

あのポスターと倉庫になんの意味があるというのか。


 「その倉庫って使ってないのか?」


 「だからそう言ったじゃない」


 「昔の工場って何の?ひょっとすると印刷系じゃないか?」


 「知らねえ」


二人が目的の住所に着いたとき、細かい雨が降り出した。

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