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自分が生まれた故郷から越してきてから3日目。まだ新しい家にも周りの環境にも全然慣れない。潜在意識のどこかに、もと住んでいた家や見慣れた景色を探そうとしている自分がいるのが分かる。新居ではあるが自宅に住んではいるのでホームシック、とは言わないであろうが、それに似たような感覚。もといた町を去るときはそんな感情なんてこれぽっちも湧かなかったのに、不思議なものだ。窓から景色を眺めるだけで、こんなに漠然とした不安が襲ってきているなんて、外に出たらどうなるのだろう。こんなままで学校生活なんて楽しく過ごせるのだろうか。前居た学校では、それなりに友達なんかもいたけれど学校ごとに雰囲気なんてものは大きく変わってしまうだろう。正義は人の数だけ存在する…なんて言われるのと同じように人の立ち位置もその環境の数だけ変わっていく。分かりやすい例で言うと、学校での立ち振る舞いと家での立ち振る舞い等が挙げられるだろう。学校ではお調子者でワイワイと騒いでいるけれど、家だとだんまりさんだったりとか、その逆だとか。その環境ごとに人の置かれている立ち位置、周りからのレッテルは違う訳で…こんな風に一歩目の前に広がる1個の世界から外れてみて全体を俯瞰してみれるようになれば、いじめも人のことを悪く言うこともできないのにな…なんて感じる。誰でもその人を産んでくれた親はいるし、その人を必要と居ている人もいるのに。
閑話休題
朝からつらつらとそんなくだらないことを考えるくらいにはやることの無い一日。学校が始まるのもまだ時間があるし、引っ越し準備は収納上手な妹が手伝ってくれたおかげでとうの昔に終わっている。体中に纏わり付いてくる眠気を引き剥がすべく散歩を軽くして、朝ご飯の支度を終え…完全に手持ち無沙汰になってしまった僕の部屋にコンコンと鳴り響くノックの音。
「どうした?」
「入って良い、かな」
ん、とだけうなずき返すと恐る恐るといった感じで妹が入ってくる。反射で返事をした後になって本棚やベッドの下のあれこれをキチンと仕舞ってあるかが急に気になり始めたけど今更だ。…早いところ用件だけ聞いて退散願わねばと急な訪問者(来襲者?)に伺いをたてる。
「改めてノックなんてして…どうしたの」
「ちょっと気になることがあって」
そういいながらカーペットの上にぺたんと妹が座り込む。その角度からだとちょっとベッドの下が危ないかなー、どうしたものかなーと引っ越す前に二人で足繁く通っていた駄菓子屋のおばちゃんの顔真似をしながら考える。
「どうしたんだい?何でも言ってごらんよ、可愛い妹のためならこの私めが何でもやってしんぜやしょうよ」
「お兄ちゃん、もうお兄ちゃんの部屋のどこに何があるかは全部把握ずみだから、今更そんなことで気を引き付けてごまかそうとしなくてもいいよ。それより…」
その彼女の真剣な表情につられ、自分も顔と心を引き締める。兄の部屋に置いてある秘蔵品の云々かんぬんをそれよりもと一蹴してしまうような、重大な何かがあるのだろう。顔こそふざけながらだったが、先の言葉に嘘偽りはない。可愛い妹のためであれば、自分も一肌脱ぐ用意はできている。ふっと一呼吸を置き、妹の次の言葉を一言一句聞き逃すまいと全神経をその口元に集中させる。さあ、何でも来い!!
「私たちの通うことになる学校ってどこにあるの?」