5
太陽が完全に沈みきりそうなところで、ふと我に帰る。そろそろ帰らないと、妹や親になんて言われるか分かったもんじゃない。今、この空気を自分の発する言葉によって乱してしまうのはとても憚られることだけど、そうも言ってられない時間帯になってきてしまった。
「ありがとう、おかげで気分が晴れたよ」
その言葉を聞いて、景色を傍観していた彼女の目がこちらに焦点を合わせる。
「ならよかった。…時間も時間だしそろそろ帰ろっか」
体に吹き付ける風が寒さを帯び始め、体を思わず震わせる。長時間の外出の予定はなかったので薄着できてしまったことを今更ながら後悔してしまう。ついつい以前住んでいた場所が暖かかったから、薄着で外出してしまった。
「寒いよね、この時間帯。」
少しでも体を温めようと、腕をさすりながら零はたははと笑う。そんな独り言めいた言葉に自分は軽くうなずきだけを返す。もう季節は春に差し掛かっているはずなのに、陽が落ちると数ヶ月前に味わっていた身を突き刺すような寒さが周りを支配してしまっている。特に街灯の光が差し込まない今自分達が歩いている道は、遠くに見える光輝く場所より一段と冷めているように感じる。少しでも早く、明るい、暖かいところへと向かう足取りは自然と速くなり、口数も自然と減ってくる。人の欲求には様々な段階があり、最低限の欲求が満たされていないと人は余裕を無くしてしまうけれど、会話も心理的余裕のある人々こそが上手く回せるのではないか。いや、しかし時に人は沈黙を嫌い会話を細々と紡ぎ続けたがることがある。その場合はむしろ余裕がないのでは…?…なんて益体もないことをつらつらと考えながら歩みを進める。
「ここら辺からなら、道分かるかな」
沈黙を突き破る声が耳に届き、顔を上げるとそこはもう自分の見知った道だった。ずっと下を向いて歩いていたのもあったし、暗くなるとまた違った様相を呈していることもあって気付かなかったがもう相当自分の家の近くまで来ていたらしい。
「うん、ここまでくれば大丈夫」
「じゃ、ここでお別れかな」
そう言って踵を返そうとする彼女に「待って」と声をかける。まだ伝えていないことがある、そう思って咄嗟に声を発していた。でも、咄嗟だったけど無駄な思考をせずにそのまま口から発した言葉は、幾分か本音に近いものだったのか知れない。
「今日は本当に助かった。ありがとう。また今度」
そんな言葉に彼女は一言「うん、また今度」と笑みを浮かべながら答えてくれた