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「っ!」
寝覚めの悪い夢を見てたみたいだ。部屋の中はさして暑いわけではないのに、体中に汗がべとついて気持ち悪い。
「何の、夢を見てたんだろう?」
気持ちは落ち着いているのに、体が平静さを保てていない。そのアンバランスさがより一層の違和感を覚えさせる。一体どんな夢を見ていたのだろうと、一生懸命に記憶を辿るがどうにも思い出せそうにない。何か夢を見ていたことは確実に分かっているのに…そんなもやもやした感情が体の中を渦巻いている。
トントン、とリズミカルな音が耳に届き、深く中に潜っていた意識を現実へと引き戻しにかかってくる。ふとそちらを見ると、そこにあるのは不審そうな顔をした妹の顔。
「どしたの、お兄ちゃん?なんか顔色悪いけど」
「あぁ、悪い、なんでもない。ちょっと寝付きが悪かっただけ」
「…そっか、お母さんご飯作ってくれてあるから落ち着いたら食べに来て」
「うん、ありがと」
そう告げると安心した表情を浮かべ、妹は姿を消していく。さて、いつまでも夢を引きずっているわけにもいかない。自分で自分に気合いを入れなおす意味もこめてシャワーで軽く体を洗い、そそくさと着替えを済ませ朝食を食べにダイニングへと向かう。着いたテーブルの上には、「これ食べてね」という置き書きと共にテーブルの上に置かれている朝食。スクランブルエッグの乗っかったカリカリのトーストに牛乳。我が家庭では毎度おなじみの朝食だが、またこれが上手い。毎日忙しいのに朝食を作ってくれる母親に感謝しながら、食べ終えた朝食の食器を片付ける。大事な存在はいなくなってから気付くものだ、なんてよく言われるけど、自分はそうはなりたくない。今、言葉を交わせる内にしっかりと感謝の言葉を伝えるべきなのだ。…なんてかんがえてしまうのは、先の夢の影響だろうか
「俺そろそろ行くけど…」
はーいという返事の後、しばらくしてから妹が姿を表す。シワ一つ無い二人の制服姿は、不思議な違和感を自分に抱かせる。普段着はいつまでも新品のままでいてほしいけど、制服は早くシワだらけになってくれないかな、なんて思ってしまう。そんなことしたら、親に怒られてしまうけど。
「準備早いねー、私置いてかれちゃうかと思ったよ」
「いや、一緒に行くか分からなかったし…一応報告だけしてみた感じ」
「えっ…もしかして妹と一緒に登校はもう嫌なお年頃…?」
そう言いながらしゅん…と妹はうなだれる。日本語ってムズカシイネ
「逆だよ逆、お前が俺と一緒なの嫌かなと思って」
「なーんだ、そういうことね!気にしなくていいのにー」
そういって今度はパッと顔を輝かせる。ほんとに感情が顔にダダ漏れでわかりやすいなー
「危ない人いたら身代わりに出来るし、友達できるまで私はお兄ちゃんと一緒に登校するつもりだよ!」
笑顔で軽いジャブを入れてくる妹を傍らに、靴紐を結び外に出る準備を始める。
「はいはい、分かったよ。でもお前より先に俺が友達作っちゃうかもよ」
「あー、それはないから大丈夫。ほら、そろそろ行かないと遅刻しちゃうよ?」
「あ?」
「ん?」
お互いに自分の緊張を相手に悟られまいと、いつも通りの会話を交わしながら、初めての登校路を二人で歩み始める。
ちょうど桜の花が咲き誇る季節。ついさっきまでは寒色に染まっていただろう道は、お日さまの暖かさを受けてもうすっかり春色になっている。時折吹く風は桜の木々からこぼれ落ちた花びらを運び、まるで風そのものに色がついたかのように見える。意識すればするほど、一本道に溢れている暖かい色の数々に思わず息をのむ。
「確かに綺麗だとは聞いてたけど…」
こちらの予想を遥かに上回る景色を見ながら思い出すのは、つい先日の出来事。この通学路が、とても綺麗だと知った日のこと。
「すごい綺麗だったよって、教えてくれてありがとって、感謝しないとな」
そう呟きながら、あの日に、あの子に思いを巡らす