12.ルナティックスパイラルボンボヤージュ
「ああ、どうやらあそこのようですね。無事についたようです」
予定通り3日の旅を経て、アニカたちは目的の村の近くまでたどり着いた。
「んーっ! 大変だったぁ! でも楽しかった!」
大きく伸びをするアニカ。セイランが笑ってねぎらいの言葉をかける。
「よくやったなアニカ。今日は俺の出る幕もなかったぞ」
旅程の最終日である今日。半日程度ではあるが、アニカはセイランに頼らず自分で荷物を背負って歩き切ったのである。
「あはは。最後くらいはね。ヒワちゃんのマッサージのおかげかな。最初ほど痛くなくなってきたし」
「そうですか? ならもう一段階上のツボに進んでも良かったかもしれませんね」
「え? なにそれそんなのがあるの?」
「効果は桁違いですよ。その分苦痛も桁違いですけど」
「う、うん。遠慮しとこっかな……」
どうやらヒワはあれでも手加減してくれていたらしい。怖気が走るアニカだった。
「それにしても……前にいた村とは全然違うね」
アニカの言葉通り、遠目から見下ろしても売られそうになったあの村とは雰囲気が異なっていた。山の麓には森が広がっている。そこを切り拓いて造られた村のようだが……。
「栄えているとは聞きましたが……これは想像以上ですね」
ナディネがほぅ、とため息をつく。
農村、というには規模が大きすぎる。ちょっとした街くらいの大きさはあるかもしれない。
「ううむ。倉も大きいし、水車もいくつもある。豊かな場所のようだな」
「建物も多いですね。あれは……ファマト教の教会でしょうか? 村にあるのは珍しいのでは?」
セイランとヒワも村を観察して口々に感想を述べる。ファマト教、という単語にアニカの肩がビクッと震えた。
「……アニカ様」
「あ……。い、いやいや大丈夫だよ、ナディネ」
気遣うようにアニカを見るナディネ。アニカは笑って見せたが、少々ぎこちなくなってしまったのは仕方あるまい。
「アニカ? どうかしたのか?」
セイランが目ざとくアニカの様子に気づき声をかける。
「ううん、なんでもないよ。……ファマト教にはあんまりいい思い出がなくてさ」
「そうなのか? 毒にも薬にもならない集団だと聞いているが」
ファマト教。アニカを火刑にしようとした教皇がトップを務める教団である。200年ほど前にレーベルク国で成立した、唯一神ファマトを信奉する一派だ。
「アニカさんたちと会った村に来る途中、一度別の教会も見かけましたが……。よくある宗教団体では?」
ヒワも不思議そうに尋ねる。コリピサ国には国教のような教えはなく、各々が信じる宗教を信仰している。レーベルク国でもそうだった。……かつては。
「そういえばそこの司祭だか何だかが、レーベルク国で神の御業が成し遂げられたとかなんとか騒いでいたな?」
「ああ、誰もまともに取り合わないのによくやりますよね」
「あ、あはは……」
セイランとヒワの会話に引きつった笑いをもらすアニカ。まだコリピサ国にきちんと情報は伝わっていないようだが、その司祭の言葉は決して誇張ではないのだ。
「ま、まあ大丈夫だよ! それより、こんなにおっきな村だったら職も見つかるよね!」
悪い思い出を振り払い、気分を変えて意気込むアニカ。
「前のお仕事はあんなことになっちゃったからね。今度は長く働けるといいな!」
「頑張りましょうアニカ様! 私もせいいっぱいお手伝いしますね!」
眼下に広がる村を眺めながら決意を新たにするアニカとナディネ。しかしセイランがそれに水を差した。
「まあ待て二人とも。前の村であんなことになったのを忘れたのか?」
「う……。そりゃあ、前回は焦って働き口探したからあれだったけど……」
追放されてすぐ、アニカは受け入れ口がある村によく下調べもせず飛びついたのである。おかげで奴隷騒動を抜きにしても、いい労働環境とは言えない待遇を受けることになった。
「……セイランの言う事にも一理ありますね」
ナディネが少し気分を落ち着かせてつぶやく。セイランは満足そうに頷いた。
「だろう? ここは俺に考えがある。なあに任せておけ。少なくとも、奴隷として売り飛ばそうとは考えもしないようにしてやるさ!」
「おーい! おーい!」
しばらく時間がたった後の事。セイランは木の柵で囲まれた村の入り口に来ていた。門番をしていた村人に、遠くから話しかける。
「……ん? おーい! 旅人かー! この村にはどういった用で……お? うぉおお!?」
門番は近づいてくるセイランたちを見て驚愕の声をあげた。
「おお。いい天気だな門番さん。すまないが荷台か何かを貸してくれないか? あと、こいつを解体できるヤツに渡りをつけてほしいんだが」
「お、おいおいあんちゃん! な、なんだよそのデカい熊は!!」
セイランとヒワは、自分たちの身長の倍はあろうかという熊の後ろ足を持って引きずっていた。瞳は虚ろで長い舌が垂れ下がっている。すでに事切れているようだ。
「よく運んできたな……。って、おい。そいつの眉間の十字模様……。間違いない、アルクトドスじゃないかよ!!」
「アルク……なんだって?」
「ここいらの森の主だ!! 畑は荒らすは家畜は襲うは……。いつ人間様の肉に興味を持つか心配でな。退治しようって話も出たんだが、誰ができるんだってんで……」
門番は興奮したようにセイランを見る。
「あんちゃんすげえな! この化け物を狩ってくれたのか!」
「いや、狩ったのは俺じゃない。……そいつだ」
セイランは後ろで何とも言えない表情をしているアニカを指さす。
「なにっ!? そこのお嬢ちゃんが!? おいおい嘘だろ!?」
「嘘なものか。いやあ見せたかったぞ。襲ってきたこいつに真正面からヘッドバット」
「ず、頭突き!?」
「そこにローリングソバットからのアイアンクロー。とどめは熊だけにベアハッグで絞め殺したのだ」
「持ち上げたのか!?」
なにやらアニカの知らない技の数々を述べるセイラン。門番には伝わったようでいちいち驚いている。
「こうみえてもこいつは108の殺人体術を会得している戦闘狂でな。満月の夜と空腹の時は手がつけられなく……」
「い、いい加減にしろぉ!!」
「ぐはっ!!」
アニカの飛び蹴りがセイランの後頭部に直撃した。倒れこむセイランを指さしてヒワが後を継ぐ。
「今のが姉御の必殺技、ルナティックスパイラルボンボヤージュです。……そろそろお腹がすく頃なので、はやく村に入らないと血の雨が降ることに……」
「ちょ、ちょっと待っててくれ! すぐ人を呼んでくる!」
門番は大急ぎで村に入っていった。アニカはセイランの胸倉をつかんで激しく揺さぶる。
「なに108の殺人体術って!? 私を何者にしたいの!?」
「い、いや。これなら間違ってもお前に手を出そうという者はいないだろうし……」
「手を出さないどころじゃすまないよ! 戦闘狂って! 絶対友達にしたくないタイプだよ!」
「それにこれでオンミョウマジュツとやらも隠せるだろう? どう考えてもキャラと合っていな……」
「もっと危ないキャラ付けしてどうするのさぁぁ!!!」
アニカの悲痛な叫びに答える者はいなかった。