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第7話


余談なのですが、イェシカやビルギッタの名前はスウェーデン語です。

つい先日、そのスウェーデンの王室に『ビルギッタ王女』がいることを知りました。

ちょっと迂闊だったかもしれません……



「ああ、そうだ、イェシカ」


私はステフェンからさり気なく目を逸らし、強く握った手紙に目を落とした。

すると、お父様が一転低い声で私の名前を呼ぶ。


「なんですの、お父様?」


「あのね…………いや、何でもないよ」


何でもない、なんてことはないでしょう――と思ったけれど、沈鬱な表情のお父様を問いただすことはできない。


「そういえば……わたくし、お母様とお揃いのこの髪は、とても誇らしく思っておりますわ」


だから、こんなことを笑って言った。


「もちろん、お父様に似た瞳の色も」


おどけて付け足せば、ぎこちなくまたお父様は笑ってくださる。


「ありがとう。……イェシカ姫のお気にめして、嬉しいよ」


「まあ、姫だなんて。それを言ったら、お父様こそ本物の王子様ですわ。もちろん、その場合の姫はお母様ですけれど!」


「あはは……イェシカの方が一枚上手だったよ。何だか、その顔は兄上にそっくりだな」


お父様がやっといつもの明るい表情に戻ってくれたので、私はほっとして息を吐いた。


「伯父様……ですの?」


そして、まだ会ったことのない2人の伯父の名前を頭に浮かべる。


「そう。1番上のルトヘル兄上……陛下さ」


伯父と姪とは言え、隣国の国王陛下と似ているなんて!

何だか恐れ多いわね……。


「イェシカ、そんな居住まいを正さなくてもいいんだよ?」


ついつい、いつも以上に背筋を伸ばしてしまうと、お父様が楽しげに琥珀色の目を細める。


「あら、やっぱりお父様の方が一枚も二枚も上手ですわね」


どちらからともなく笑みを交わし、私たちは束の間のティータイムを楽しんだ。


――――――


「ふう……戻ったわ、イサベレ」


ソファに座りながら大きく伸びをすると、イサベレがお菓子を出してくれる。私の好きなマカロンだ。


「イサベレ。困ったことになったわ。来月、王宮に呼ばれてしまったの。しかもビルギッタと2人、しかも王妃に」


皿を並べるイサベレの手が一瞬止まり、すぐにまた動き出す。


「どうやら、ビルギッタを王太子妃にするための伏線にするつもりよ。王太子殿下とビルギッタを、偶然を装って会わせるつもりなのかもしれないわ」


「……さようでございますか。しかし、ずいぶん性急な話ではございますね」


「そうね、一刻も早く事を進めたいのかしら。それに、王妃がわたくしに会いたがる理由も分からないの――憎んだ女の娘に会いたい?」


最後のつぶやきは独り言だと、そうイサベレは分かっているから何も言わない。彼女はよい侍女よ……本当に。


「……悪いけれど、寝室の方に行くわ。少し考え事をしたいの」


「かしこまりました。お菓子はお運びしましょう」


私が立ち上がると、さっとメイドが寝室への扉を開ける。

音もなく私についてきたイサベレは、机の上に皿を置き、そのまますぐに退出していった。


――――――


純白のドレスを纏ったお母様は、額縁の中で美しく笑っていた。


もし王妃になっていたら……そこまでいかずとも、社交界に出ていたら、きっと賛美の渦の中に身を置いていただろう。よいか悪いかは別として。

お母様は、外見だけでなく内面も磨かれた、思慮深く知識豊富な人だった。


「王妃…………そうね、『歴史は繰り返される』とも言うわよね……」


椅子を肖像画の前に動かし、しかし私は窓の外に視線を投げた。


――――――


私のお母様――もとい、アウロラ・フォーゲルストレームは、3歳になったとき、当時の王太子の婚約者候補に選ばれた。

アウロラと数人の令嬢たちは、共に王妃教育を受けるようになる。


そして、順当に候補が減っていき、7歳を迎える頃、最終的にアウロラと1人の令嬢――ユーン侯爵家の娘・パニーラだけが残った。


2人に候補が絞られると、それぞれに王太子と過ごす時間が与えられた。

アウロラはそこまでではなかったが、パニーラは王太子を熱烈に崇拝した。


ところが――王太子の気持ちはアウロラに傾き、大人からの評価も、彼女の方が一歩先を行っていた。


パニーラは嫉妬し、そう、ある意味ではビルギッタのような行動を重ねた。しかし義妹よりも遥かに上手く振る舞い、王太子はパニーラに同情し、庇護し……いつしか好意を抱くようになった。


そんなとき、アウロラは大病を患い、そのまま辞退する。


一時は生死の境をさまよった彼女だが、ある街医者によって回復し、10歳になった頃には、短時間の外出ができるようになった。

そのため、休止していた社交も再開しようとしたところ……思わぬ壁が立ちふさがった。


『アウロラ・フォーゲルストレームは、同じく妃候補だったパニーラ・ユーンに卑劣な行為を行い、身を引かせようとした』


『痘瘡が残り、もう令嬢としては傷物になった』


『病の後遺症で体も動かず、女としても役に立たない』


いつの間にか張り巡らされた、噂の数々。

貴族社会は残酷だから、もうアウロラがその中で生きることは不可能だった。伏せった2年の間に、噂は真実となってしまった――未来の王と、王妃、そしてその外戚によって。


そして、家族は噂の修正を諦め、陽の当たらない場所で娘を愛した。


最初、アウロラは、パニーラは王太子の婚約者の座を射止め、もう満足している……もうアウロラは眼中にないと思っていた。


だから、伏せっている間の彼女は、年頃の娘らしい、友人をもち恋をし結婚する……という夢を描きながら、辛い病に耐えた。


それが砕け散り、両親も日陰に追いやられたと知ったアウロラは、感情の起伏が極端に少なくなり、日々花を眺めて過ごした。

時々、パニーラから体調を()()()手紙が来ると、調子の外れた声を上げて笑った。


しかし、アウロラは家族や使用人からの愛を受け、少しずつ回復していった。


――そして5年後、彼女のもとに、異国の王子がやってくるのだ。

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