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第18話

「どうして……だったかな。それが最良で、手っ取り早いと、誰が発案したのだったかな? 僕か、ステフェンか……もちろん、父上と兄上たちにも了承を、得て……」


しかし、戸惑いを隠せないその低い声が語るのは、ここまでとは打って変わって、なんとも不明瞭な内容なのだった。


「お父様……?」


これには思わず、私も声を上げてしまう。そして、お父様の後ろで控えているステフェンに向かい、目線だけで「あなた、何か覚えていなくって?」と訴えるものの、どういうことなのかしら、彼も、いつもの従者らしい顔ではなく、苦り切った表情を浮かべているではないの。


「ステフェン、覚えているかい? 申し訳ないが、僕はどうも覚えていないようだ」


「申し訳ございません。私の方も、どなたの発案で、どのような形で実行に踏み切られたのかも、記憶になく……。先代陛下にこの話を打診した際は、私がオーバネット・ミーアに戻り……いえ、状況をお伝えしに戻った際に、先代陛下か当時の殿下方から提案があった……? ――すみません、強いて言うのならば、どうにも、そのような流れができていた、としか」


なんとか話をまとめようと、どうにも抽象的な言葉で締めくくったステフェンの、そして呆然としているお父様の様子に、マーユは、幾分か疑問を抱いたようだった。……せっかく、マーユがお父様のことを認めてくれそうだったのに……。


「本当に、覚えていらっしゃらないのですか?」


焦りを感じ、言い募ろうとすると、「ね、イェシカ」、マーユが私に向かって手を伸ばす。綺麗で丸い灰色の目と視線がぴったり合わさって、


「えい」


ちょん、と、人差し指が私の頬をつついた。


「ごめんなさい、また、出過ぎたことを言ってしまったわね。わたしの悪い癖だわ」


そう言って、彼女は苦笑いをひとつ浮かべる。こっちがわたしの素なのかしらね、と、私とお父様を交互に見ながら、誰に言うでもなく呟いた。そして、私の頬から手が離れそうになったとき、私は思わずその手を握って、力を込めた。


「いいんじゃないかしら。それが本当のマーユなら、わたくしの前では、いくらだって見せてくれたらいいわ。だって、わたくしたち、お友達なのだから」


「そう、なのかしらね。……ありがとう、イェシカ」


私の手をそっと握り返し、照れたように……そのかんばせを、少し非対称に綻ばせたマーユは、お父様に改めて頭を下げる。


「出過ぎたことを申し上げて、大変ご無礼をいたしました」


「とんでもないよ。私たちこそ、頂いた信頼に足る話をできず、申し訳ない。マーユ嬢さえよければ、これからも娘と仲良くしてくれるかい」


「はい、もちろんです。……ねえ、イェシカ。閣下もこうおっしゃってくださったことだし、あなた、学園に入るとき、リボンをつけていらっしゃいな」


「リボン?」


聞き返すと、マーユは嬉しそうに大きく頷く。ウェーブのかかった髪と、そうだわ、左右対称に飾られている深紅のリボンが揺れた。


「そう。エヴェリーナ・レーヴ侯爵令嬢はご存知?」


「ええ。……レーヴ侯爵家といえば、リドマン家、そしてシェルマン家と関係の深いお家柄よね。エヴェリーナ様は、マーユや、わたくしと同い年と聞いていて、そうよね、あなたとは幼馴染の間柄という方でしょう?」


一応、ちらりとお父様を見やれば、お父様はうんうんと頷いてくれる。よかった、正解だったみたいね。


「よかった。それなら話が早いわ。彼女はね、わたしの、いわば参謀のような存在ね。もちろん、普段から、勉強に付き合ってもらったり、たわいもない話をしていたりするのだけれど、ほら――わたしは、普段は大人しく、地味にしているでしょ。その分、彼女が、わたしの代わりに華になって、うまく動いてくれているの」


マーユは微笑んで、くるりと指をリボンに絡める。


「それで、エヴェリーナの――そして、実際にはわたしの――派閥に属する令嬢は、髪にリボンをつけることにしているの。派閥といっても、まだ、10人にも満たないのだけれど……でも、あなたが学園に入学した時、髪にリボンをつけていれば、少なくともわたしやエヴェリーナと親しい女子生徒には、わたしたちが悪い関係ではないと伝わるわ。それだけでも、あなたが動きやすくなると思うの。孤高の悪役も悪くないけれど、妹君の前に立ちはだかる義姉を演じるには、多少の賛同者も必要でしょう?」


それに、あなたと、学園生活とやらをお友達として過ごしてみたいから。

……囁くようなその言葉に、ついつい私の方が照れてしまう。マーユったら、情熱的だわ。


「わたくしにとっては、とてもありがたい話だわ。けれど、エヴェリーナ様は、お許しくださるかしら?」


「もちろんよ。あなたと知り合ったって教えたら、とても興味深そうにしていたから。エヴェリーナのことはよく知っているから断言できるけど、彼女も、必ずイェシカを好きになるわ」


あら、それって……マーユは既に、わたくしのことを好きだと思ってくれている、ということよね?

でも、それを確認するのは、なんだか無粋なような気がして、目を輝かせるマーユからお父様に視線を向ける――すると、お父様はお父様で、眩しいものを見るように、慈愛に満ちた表情を浮かべているものだから、わたくしはおろおろと視線を彷徨わせることしかできなかったのでした。


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