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第2話

3か月後の、ある朝。

私は朝食を終え、自室で本を読んでいた。部屋の隅には、私付きの侍女イサベレが控えている。


自由な時間を満喫していた私だが、


「姉様! このドレス見てください! お父様が買ってくださったんですっ、素敵でしょう?」


バタンと激しい音がしてドアが開き、ビルギッタが駆け込んでくる。

ドレスの裾は跳ね上がり、ぜいぜいと息を切らせて……全く、淑女にあるまじき行動だが、お父様が()()()()のでちっとも改善しないのだ。


「姉様、なんで無視するんですか? 私が平民の娘だから嫌なんですか? 私、姉様と仲良くなりたいのに……」


ちなみに、お父様はこの3か月の間、ビルギッタとオーセを甘やかしに甘やかしている。

おかげでビルギッタは、自分が望めば何でも叶うと思い込んでくれているし、最初は大人しかったオーセも、次第にドレスや宝飾品に手を出し始めている。

ちなみに、私とは、こっそり使用人を介して手紙をやりとりしているのだ。


「……イェシカ姉様! 無視しないでくださいっ! それとも、自分は何も買ってもらえないから私が羨ましいんですか?」


……うるさいわね。


「ビルギッタ。ノックもせず、入ってきて喚くだけのあなたを、どうしてわたくしが相手しなくてはならないのかしら?」


ため息をつくと、ビルギッタはびくりと震えた。さらさらとした金髪を揺らし、翡翠色の瞳を潤ませる様は、確かに愛らしい。しかし。


「そんな、酷いです……! お父様だって、『これからは家族になるのだから堅苦しいマナーはいらない』って言ってくれたのにっ」


「あら、開き直りですの?堅苦しいどころか、最低限のマナーもろくに知らない愛人の娘! ……あなたがわたくしと同等に侯爵令嬢だなんて、笑止千万ですわね」


「開き直りだなんて、そんな……私は、姉様と仲良くなりたいだけです、お父様は正式に私たちを家族に加えてくれました! だから私も姉様と同じで侯爵令嬢なんですよ? 同じ家族なんですよ?どうしてそんな酷いこと言うんですか?」


キャンキャン吠えるビルギッタは、自分が正しいと信じ込んだ目をしている。よく3か月も続くわね。


「……あなたが家族だなんて、おぞましいだけですわ!」


淑女らしくはないが、そう怒鳴ってやると、ビルギッタはポロポロと涙を零す。


「……やっぱり私のこと嫌いなんですね、イェシカ姉様は。お父様が私ばっかり可愛がるのが嫌なんですか?」


ふむ、ここは乗ってあげるとしましょうか。


「……そっ。そんなことはないわ」


「私には分かります! 姉様は寂しいだけなんでしょう?」


いつの間にか涙は止まり、きらきら輝く瞳が私に向けられる。

と思ったら、ビルギッタは目を伏せた。


「私も、小さい頃は、『何でお父さんがいないんだろう』って思ってました……寂しかったんです。その時、まさかお父様がこんな偉い人って知らなかったし、迎えに来てくれるって知らなかったし……」


同情を引く作戦のようだ。横目でイサベレを伺うと、俯いて肩を震わせている。笑いがこらえきれないらしい……


「でもっ! その時、姉様はお姫様みたいにドレスも宝石ももらって、美味しいご飯を食べてたんですよね? だから、お父様は、私が生まれた時から今までの分の埋め合わせをしてくれてるだけですっ! 私だけを愛してるなんてはずありません!」


「…………うるさいですわね、羽虫が」


興が乗ってきたのか、まるでお芝居のように振る舞うビルギッタは、そう、本当に女優あたりになったら成功しそうだ。


3か月間、毎日毎日こんな調子なのだ、喉も頑丈そうだし向いているだろう。


「は、羽虫って……」


しかし、私には私の役がある。そろそろ、多少の罵倒は許されるはず。


「羽音がうるさい、醜い羽虫ですわ。出て行ってくださる?」


「…………っ。ひどい、姉様……っ!」


絶句して数拍。


ビルギッタの泣き声が私の部屋に響く。ちなみに、泣くのは3日に1回くらいですわ。


えーんえーんとビルギッタが泣き続けていると……あら、来た。


「イェシカ! ビルギッタに何をした!」


子狐を上回る名演技、怒りの形相のお父様が飛び込んできた。

か弱い娘を腕に抱きしめ、性悪な姉を睨みつける!


「お父様。わたくしは、マナーのなっていない卑しい小娘に礼儀を教えてあげただけですわ! この娘が勝手に……」


「言い訳をするな! 全く醜い娘だな。お前がいるから、ビルギッタは毎日辛い目に遭わなくてはならん。フォーゲルストレームの血を引く娘だから置いてやっているというのに……気づかないのか?」


「醜い娘? それはこちらの方ではありませんか?」


視線でビルギッタを示せば、彼女は大袈裟にお父様に抱きつく。

胸を押し当てているのが丸見えだ。


「な……もうよいイェシカ。反省の色が見えん。目障りだ、お前は離れへ行け」


「お父様! 離れですって……そんな、あの汚い離れは、こちらの愛人の娘がお似合いですわ」


打ち合わせ通りだ。実は、離れはだいぶ前に大規模な修繕がされている。

ただ、間違ってもビルギッタが近づかないように、見た目はあまり手を加えていない。


「うるさい。当主の私に反抗するのか?イェシカ」


「…………申し訳ございません、お父様」


「そうだ。それでいい。……ビルギッタ、大丈夫か?」


お父様は、ビルギッタに囁きかけながら、ガラス細工を触るかのように抱きしめる。ご愁傷様、ですわ。


「お父様が来てくれたから大丈夫です……」


ずびすびと鼻を鳴らしながら、また強くお父様に抱きつくビルギッタ。

あらあら、鼻水が垂れていますわよ?


さりげなく私と目を合わせて、お父様は心底嫌そうな顔をした。

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