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第17話

そして、沈んだような、けれど、不快ではない沈黙をそっと払ったのは、お父様の落ち着いた声だった。


「私たちの話を、信じてくれてありがとう。そして、マーユ嬢の聡明さに、改めて敬意を表したい」


娘と同じ年の女の子に対してだけれど、そう言ったお父様の声と表情には誠意が感じられて……おそらく彼女もそれを感じ取ってくれたのでしょう、顔を上げて柔らかく微笑む。


「そのお言葉、ありがたく頂戴しますわ。……けれど、いくつか、質問を申し上げてもよろしいでしょうか?」


「もちろん」


お父様が微笑み返すと、マーユは表情を引き締める。潤んだ目は鋭さを増して、ふ、と微かな吐息が小さな唇から漏れた。


「第一に……クィンテン・パスカル・テル=ホルスト=フォーゲルストレーム侯爵。あなたは、フォーゲルストレーム家の婿でいらっしゃるはず。アウロラ様のお父上である前フォーゲルストレーム侯爵の跡を閣下が継いでいらっしゃるのも、アウロラ様の事情があってのこと、という理解でよろしいでしょうか?」


この国では、爵位継承は男児優先。しかし、男児がいなければ、女児が継ぐことも認められている。フォーゲルストレーム家では、先代夫婦にはお母様しか生まれなかったため、お母様が王太子妃候補から落選すればお母様が侯爵になり、選ばれていたら養子をとる予定だったという。


「そうだね。義父上は、とりあえず、時間が経ち、悪評が沈静化する方に賭けていたらしい。そうすれば、アウロラに爵位を譲るにしろ、養子を迎えるにしろ、どちらかの道は取れると思っていたと聞いたよ」


「ですが、アウロラ様と閣下の縁談という……いわば、第三の選択肢が降って湧いたと」


「うん。マーユ嬢も知っていることとは思うが、ほぼ同じころ、オーバネット・ミーアでは疫病が流行していた。首都近郊の街で、酷く広まってね……城下でも流行ったよ。だから、先代のオーバネット・ミーア国王は、このランネージスに対し、援助を要請した。以前より話に出ていた、王族同士の婚姻を早めてもいいから、と頼んだんだ」


マーユは深く頷くと、壁の――壁の?――花になっていた私に対し、目線を送った。すると、お父様も、ばつが悪そうにするものだから、ふふ、と笑い声を立て、


「わたくしは出る幕がありませんわね。でも、そうね、その後どうなったかは、マーユもご存知でしょう?」


とお茶目に聞こえるように言ってみせる。そう、ランネージスは要請を受け入れたけれど、その代わり、リドマン家からは王子も王女も出さず、一方的に、テル=ホルスト家に王族を送ってくることを求めたのよ。……自国の王族を、疫病の流行る危険な地へ送りたくないということも、理解できなくはない。援助してやるのだから、それくらい当然だというリドマン家の言い分も。

ただ、


「ええ。当時、リドマン家には、現国王陛下であらせられるブロル・エスビョルン王太子、ベアタ・エルヴィーラ王女殿下、そして、バーバラ・エリサベト王女殿下の3人の子女がいましたね。ですが、……」


マーユは明言を避ける。ここから分かる通りだが、2人の王女には婚約者がいなかった。まだ幼かったからで、お母様よりも5つは年下だったはずだ。確かに、お父様とも相当年が離れているが、かといって、ありえないほどでもなかったのだ。


「自国の王族を、疫病の流行る隣国へ送りたくないという意向には理解を示さないわけでもありません。けれど、それならば、せめて、お父様をどちらかの王女と婚約させるべきだった」


それが、親交のある隣国に対する誠意であり、外交であるはずだった。

――然し、第三王子たるお父様に用意されたのは、王太子とその婚約者に嫌悪され、貴族界でも「悪女」「病に侵され、傷物になった」と囁かれる侯爵令嬢との結婚。確かに、結果的にお父様は幸福になった、しかし、それはあまりにも無礼な仕打ちだった。


「ご令嬢の前でこんなことを言うのも情けないけれど、私はね、故国に対しての、この国の、いや、リドマン家のしてきたことに怒りを抱いて国境を越えた。そして、アウロラが噂通りの女性であっても、リドマン家の思うように、不幸になどなってやるものかと決めたよ――。だから、妻に会ったときは、心底驚いたし、ますますリドマン家に対する不信が募った。そして、アウロラの名誉を回復したいと思ったんだ」


しかし、お父様、というよりはフォーゲルストレーム家そのものが中央から遠ざけられ、貴族界での発言権は皆無だった。


「そこで、先程お聞きした計画、というわけですか。……そうなると、ここで、二つ目です」


そう言いながら、指で2というジェスチャをするマーユ。


「侯爵閣下にお聞きしますね。正直に申し上げて、不自然な点が多いのです。例えば、そう。ほぼ同時に成婚し、王太子妃となったパニーラ様の不興を避けるために不仲を演じる、というのは分かりますわ。その後の、いっとき持ち上がったエドヴァルド様とイェシカの縁談に、オーバネット・ミーアへの野心が見え隠れしていたというのも、王妃殿下や伯父様を見ていれば、わたしも納得できるとしか言えませんし……」


でも、と、彼女は流れるように、その手を頬に添え、困ったように笑う。


「だからと言って、外に子供がいるかもしれないと思わせるのは、いくらなんでも、行き過ぎなのではないかしら。場合によっては、――失礼な言い方ですけれど――支援の見返りとしてやってきた閣下がそのようなことをなされば、かえって、婚約を調えたリドマン家に喧嘩を売ったと取られかねないですし、社交界でふしだらな王子と揶揄されても仕方ありませんでしょう? ですから、わたしがお尋ねしたいのは、なぜ、そのような手段をお取りになったのかということです」


どこか咎める響きが乗ったマーユの問いかけに、お父様は、迷ったように口を開いた。


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