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第14話

……学園に行けないなんて、そんなはずない!


イェシカの言葉に、後ろから殴りつけられたような衝撃が襲う。

だって、学園を卒業できなければ、また私は平民に戻ってしまう。そうしたら、エドヴァルド様と結婚することはできなくなる……なぜマーユ・オリヴェル=シェルマンがエドヴァルド様の婚約者なのかは分からないけど、彼を奪われるなんて――絶対に嫌だ!


そんなことを考えて、ぼんやりしたまま、のろのろと居間に戻る。

心配そうな顔をして座っていた母さんが、私の大好きなビスケットを勧めてくれる。


「ビルギッタ……またあのお嬢さんに、酷いことを言われたの?」


不安げに、でもそれよりも怒りの方が強い口調で尋ねてくる母さん。


「あなたなんてフォーゲルストレームの恥さらしだから、学園には行けないだろう……って言われたの」


「まあ、なんてこと! あの娘、クィンテン様がお慈悲をかけていらっしゃるだけというのも知らずに……社交界での評判を聞けば、恥さらしはどちらかだなんて、自明の理よ」


普段は大人しく、黙って微笑んでいるだけの母さんが怒るのは,私のことになったときだけ。

心配してくれるのが申し訳ない反面、どこか嬉しくなる。


「社交界の噂……それなあに、母さん」


そして、シナリオでよく見知っていた、イェシカ・フォーゲルストレームの『評判』について、素知らぬ顔で聞けば、


「ごめんなさい、母さん、失言しちゃったわ。ビルギッタはまだ知らなくていいの。ね?」


はぐらかすような、気まずい笑みが返ってくる。


――なーんだ。やっぱり、ここもシナリオと一緒なんだ。

私に言えないってことは、悪いことなんだよね、とその反応に満足する。


大丈夫。ちょっとシナリオと違うところもあるけど、きっと、大丈夫だよね……

ビスケットをかじり、私はごくんと飲み込んだ。



――――



エドヴァルド様からの手紙を、再び封筒から取り出した。

お父様が、祖国であるオーバネット・ミーアの言葉やマナーの復習に協力したことへのお礼と、そのお礼を直接言うために訪問したい――ということが記されている。婚約者であるマーユも伴うが、私とも話す機会があると嬉しい、とも。


これは、時期的にみれば、個別ルート特有の『出会いイベント』なんだと思う。

エドヴァルドルートの場合、婚約者のイェシカを訪ねてきたエドヴァルド様と、偶然庭園に出ていたヒロインが出会うのだ。そこで、ヒロインは母親を助けてくれた子だと確信し、お礼を言ったことでエドヴァルド様に認知される。……もちろん、すぐにイェシカがやってきて、ヒロインは厳しい言葉をかけられるのだけど。ゲームでは、このイベントの後、3回くらい訪問イベントがあったはず。その3回が終わると学園の入学式に時間が飛び、ゲームのメインである学園生活編が始まる……


だけど、この世界では、宰相令息ルートの悪役令嬢・マーユがなぜかエドヴァルド様の婚約者だ。まあ、イェシカの代わりとしては、彼女が順当っぽいんだよね……すごく優秀だし、イェシカと違っていつも穏やかに振舞っているから。

でも、実はそれは上辺だけ。ツキプリのファンから、マーユは『腹黒悪役令嬢』と呼ばれていたのだ。

ヒロインにもあまり突っかからず、従弟である攻略対象にも、一見寛大そうな言葉をかける。


――『わたしみたいな地味な女より、あの可愛らしいご令嬢の方を愛するのは、仕方ないわ』


――『いざとなったら、わたしは婚約破棄された傷物になったっていいの。サムエル、あなたはわたしの婚約者だけど、それ以前に大切な従弟よ。だから、そのときは、最後くらい、従姉として……あなたを守らせてくださる?』


そう。一見、ヒロインと攻略対象・サムエルの仲を応援するように見せて、サムエルの良心に訴えていくスタイルなのだ!

サムエルは、宰相が勝手に決めたこの婚約に反発し、マーユを婚約者としては見ていない。儀礼的には付き合うが、それだけ。地味で内気な彼女のことを、恋愛対象だと思えないのだ。

……しかし、優秀で優しいところもある、面倒見のいい従姉として慕う気持ちは、まだ少し残っている。

その心のぐらつきを巧みに突き、ヒロインとの恋を諦めさせようとする腹黒さは、プレイヤー的にはかなり厄介だった。

ちなみに、彼女は、ヒロインに対してはもっと容赦ない。ヒロインを他の令嬢から庇うとき、高度なことわざや歴史の知識を引用してくるのだ。その知識がないと、マーユの『フォロー』に頓珍漢な言葉を返すことになり、恥の上塗りになってしまう……というカラクリだった。


「この場合、私は、マーユとイェシカ、どっちの対策をすればいいのかなあ……?」


ふわふわ、天蓋付きのベッドに倒れこみ、ため息をつく。

それとともに、ほのかな薔薇のような香りが鼻腔をくすぐり、改めて貴族になったことを痛感する。


「とりあえず、明日、マーユの様子を見てから考えよう。イェシカはきっと出てこないだろうし」


イェシカは離れにいるし、エドヴァルド様とも接点がない。マーユとはこの前王宮で会っていたけど、性格が全然違うあの2人が仲良くなるとも思えないし……少なくとも、明日は邪魔されないはず。


「それにしても、イェシカは、結局離れにいるんだもんね……やっぱり、シナリオと同じだ」


かすかな、それでも複雑で、甘く華やかな香りを吸い込み、寝返りを打つ。

こういうところは、ゲームでは分からなかった。この世界に生きているから、分かるのだ。


ゲームに出てこなかったイェシカの母は、侯爵に疎まれ、離れで療養していた。イェシカも、エドヴァルド様の婚約者候補になるまでは、そこにわずかな使用人と暮らしていたはずだ。婚約者候補となったことで本邸に移り、侯爵との暖かい暮らしが待っていると期待した彼女だが、結局は、多忙を極める王妃教育のため、離れに戻されることになる。――そして、それがヒロインたちを迎える準備のためでもあったと知り、ヒロインへの激しい羨望、憎悪を抱くきっかけになってしまうのだ。


――そう思うと、イェシカも、かなり可哀想なんだよね。

ゲームをプレイしていたときは、なんてことない、『よくある敵キャラの生い立ち』って感じだったけど。


心に浮かんだその感慨は……コップにひとしずくだけ牛乳を入れてしまったみたいに、水紋を広げ、やがて溶けて広がっていくのだった。

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