表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/36

第11話

「……イェシカ、王妃殿下に無礼を働いたというのは本当か」


家に帰ってきて、そのまま私たち3人は居間に向かった。


目の前には、眉間に皺を寄せ、私を睨みつけるお父様。

渋くて魅力的な声は微かに震えていて、強い怒りが伝わってくる。


「そんな、いいえ、お父様……!」


対する私は、夜空色の髪をゆるゆると振り、必死に否定の言葉を述べる。

そして、お父様の隣で縮こまるビルギッタに、鋭い視線を送った。


「むしろ、殿下に無礼を働いたのはこちらの娘ですわ。お許しを得る前に立ち上がるなど……フォーゲルストレームの娘が聞いて呆れますわ!」


お父様ほどの迫力はないものの、私の視線を受けたビルギッタはビクリと震える。彼女は翡翠色の瞳を潤ませ、そっとお父様の腕に掴まった。


「何を言う、イェシカ!殿下が、ビルギッタのことをフォーゲルストレームの娘としてふさわしいとお認めになったのだぞ。お前は名乗りさえ許されなかったくせに……」


それを聞いた私は、くっ、……と息を吐き出し、唇を噛む。

反論する術を失った私を、お父様は冷たく見つめた。


「イェシカ、お前には充分に言い聞かせたつもりだったが、足りなかったようだな……この後、私の執務室へ来なさい」


消え入りそうな声で、はい、と返事をすれば、ビルギッタがお父様の腕を強く引っ張った。

あら、この子、まだ茶番を続ける気なのね……早いところ解放されたいものだけれど。


「お父様、姉様をそんなに責めないであげてください……っ!私のマナーがまだまだなのは、自分でも分かってるんです。姉様は、私のことを思って指摘してくれただけです!……ねえ、姉様?」


お父様から私に視線を移して、彼女が首を傾げる。

さらりと金糸のような髪が揺れて、瞳は宝石のごとく煌めく。

……実際、その姿だけを見れば、とても美しいものだった。


そうね、例えるなら――月の女神、といったところかしら?



――――――



香り高い紅茶を口に含み、私はそのおいしさに目を細めた。


「ご苦労だったね、イェシカ」


「あら、わたくしは大丈夫ですわ。お父様こそ、わざわざ迎えにも来てくださって、ありがとうございました」


「構わないよ。僕は他国の人間だし、名ばかり官僚のようなものでね。仕事はほとんど回ってこないから」


くすくす、と琥珀色の目を細めて笑うお父様はとても若々しくて、私も思わず笑みを浮かべてしまう。

こんな時間を過ごせるのは、幸せね。長く続くといいのだけれど……いえ、私たちが続けるのよね。


カップをテーブルに戻し、私は軽く息を吐いた。

それでお父様も察したのね、真剣な表情になり、柔らかな視線で私を促す。


「ええと。ビルギッタも帰り道で触れていましたが、今日は、マーユ・オリヴェル=シェルマン様もいらっしゃいましたの――」


そう切り出して、私は、王妃とのやり取りから、マーユとの会話を報告するのだった……



――――――



所々質問が挟まれたり、困った表情をされたりしながら、報告が終わる。


「マーユ嬢は、なかなか意外な人だったようだね。……しかし、宰相がもし彼女の本質を知ったとすれば、本格的にビルギッタに鞍替えだろうね」


「ええ。マーユは従順な振りをしていますが、その彼女と比べてもビルギッタの方が御し易いのですから……王太子殿下も、ビルギッタのことは気に入ったようなのでしょう?」


実は、お父様とは、明後日あたりに話し合う予定だった。

まずビルギッタと王妃のやりとりを聞き出してから……というつもりだったみたいね。

しかし、ビルギッタが帰りの馬車でペラペラと話してくれたので、すぐに報告会をすることができた。



曰く――王妃に連れられ、王太子が下町に来ていた日のことを報告した。すると、ビルギッタが嘘をついていないかを確かめるために、本人、つまり王太子が呼ばれたのだそう。


……まあ、完全に口実でしょうね。


とにかく、王妃から直々に王太子へと紹介されたビルギッタは、母を助けてもらった礼を言い。

そして、()()で王妃が一旦席を外さなくてはいけなくなり、その帰りを待つ間、暫し2人でお茶を楽しんだとか……


『民の暮らしについて、こうやって詳しく聞くのは興味深かったよ。ビルギッタ嬢、また色々と話を聞かせて。……これを返しに、また来ておくれよ?』


別れるときには、こんな言葉と共に、彼の紋章が刺繍されたハンカチを手渡された――と、歓喜に身をくねらせながら語る様子には、嫌な汗が流れましたわ。ええ。


「見た限り、あのハンカチは、本当に殿下の私物だろうね……。正直、事の運びが予想より早すぎた。驚いたよ、王太子殿下が靡くのにはもっと時間がかかると思っていたから……」


苦い顔のお父様に、私もしっかり頷いておいた。いくらビルギッタを好ましいと思ったとしても、一国の王太子として、とてもマトモだとは思えませんものね。


「だけど、着実にいこう。あとは、利害が一致する以上、マーユ嬢との協力が不可欠になってくるね」


私はこれにも頷いた。

彼女の本心は予想外だったが、心強い。


「そうなると、彼女と話してみる必要があるな。……ああ、ステフェン。再来月のオーバネット・ミーアでのパーティー、王太子殿下が招待されているか再確認してくれ」


パーティーとは、お父様の次兄・ヴィル伯父様の誕生日会のことに違いない。

お父様の意図が分からず戸惑っていると、


「ヴィル兄上は王族だけど、既に臣籍降下しているし……こっちの陛下と妃殿下は参加するほどでもない。しかし、兄上の影響力も無視できないから、王族クラスから誰かは行くべきだ。本当は僕で充分だったんだろうが、陛下は僕をランネージスから出したくないようだからね。

……ルトヘル兄上から連絡は来ている。王太子殿下を招待したってね」


なるほど。……だけど、それとマーユがどう繋がるのかしら?


「ははは。イェシカ、顔に出ているぞ……公式に決定している場合、婚約者も含めての招待がほとんどだ。国外での初公務としてはちょうどいい機会だし、マーユ嬢が同伴する可能性も高い」


「……つまり、マーユもオーバネット・ミーアへ行くだろうから、言葉や礼儀作法も、改めて確認すべきで――」


ようやく意図を汲めた私に、お父様は涼しい顔で言ったのだった。


「ああ。その確認の役を務めるなら、僕以上にふさわしい人間はいないからね」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ