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第10話

改めて、お互いに軽く自己紹介したあと。

マーユ様……いえ、マーユは、それまでは綻ばせていた表情を、ふと引き締めた。


「ねえ、イェシカ。あなたの義妹――彼女は、本当に侯爵閣下の実の娘なの?」


「ええ……お父様は、確かに実子だとおっしゃっていますわ」


お父様とは、『アウロラ・フォーゲルストレームは無実である』ということの他は、全て社交界での噂が真実であるかのように振る舞うと約束している。


「そうよね……わたしも最初は疑っていたけど……閣下の、新しい夫人への寵愛ぶりを見たら、ね。――1度だけ夜会で拝見したけど、相当入れ揚げてるわね」


なんとなく軽蔑のこもったような眼差しで、マーユはどこか遠くに視線を向けた。いわゆる、遠い目というものの一種だろう。


「それに、あの子……ビルギッタのことも溺愛しているのね。今日見て、よく分かったわ」


いかにも辟易とした様子の声に、私はお父様の作戦が上手くいっていることを確信した。内心安堵しつつも、表情には嫌悪感をにじませる。


「ええ……あのような娘が、フォーゲルストレームの令嬢として暮らしているのを見ると、虫酸が走りますわ」


「やっぱり。よほど不仲なのね?」


「あの娘は、愛人の子ですもの。お父様も、なぜ2人を我が家に迎え入れられたのか……理解に苦しみますわ。しかも、正妻としてなど……お父様は、あくまでフォーゲルストレーム家の婿()ですのに」


ああ、とマーユは納得したようにうなずいた。


「そうよね。アウロラ様こそ、フォーゲルストレーム家の子供だったものね」


ビルギッタは『私もこの家の娘です!』とよく言うが、それは、ある意味では不正解だ。彼女には、お母様の血は一滴も入っていないのだから。


「でも、あの子は相当厄介ね。隣国の王子の娘で、後ろ盾のない元平民――いかにも、殿下や伯父様が好きそうな話だわ」


『殿下と伯父様』という言葉に、つい私はわずかに眉を寄せてしまう。

しまった、と思ったときには、彼女は身を乗り出してきていた。

愛らしい顔が近づいてきて、嫣然とした微笑が浮かぶ。


「……何か知っているのね?」


「何か、とは?」


私も微笑を張り付けて尋ね返すと、唇をとがらせてマーユは体を引いた。


「まあ……仕方ないわね。わたしたち、まだ初対面だもの」


拗ねたような表情はどこか愉快そうで、それでいて薄く苦さが感じられた。

私としては、彼女にも向こうの計画を知ってもらえた方がいいけれど……勝手に話してはダメかしら?


「……何か、と言うほどでは。ビルギッタが、『自分は隣国の王族の娘だから、王太子妃になれるかも』と騒いでいるだけですわ」


とりあえず、濁して伝えてみることにした。これならセーフ……かしら?


これにはさすがの彼女も驚いたようで、灰色の目が見開かれる。


「そう……それを聞いたら、殿下と伯父様は放っておかないでしょうね」


苦々しい微笑みを浮かべたマーユだが、すぐにハッとした表情になる。


「――いえ、だから、今日あなたたちが招かれたのね。よく考えればすぐ分かったのに……悔しいわ」


『悔しい』という言葉の割に、そう言うと、彼女は清々しい笑顔になった。


「殿下は、ビルギッタ嬢を王太子妃に据えたいのね。だって都合がいいもの。きっと2人を引き合わせるつもりだったんだわ。会ったときに意味深な顔をするから、何かと思ったら……まだ、わたしがエドヴァルド様に懸想していると勘違いして()()()()()んだわ」


こぼれる笑い声や、淡く染まった頰は愛らしいのに、マーユを見ていると、何だかお父様のことが頭にちらつくわ……これはあれね、きっとステフェンの言っていた『腹黒』というやつね。


妙に感心してしまい、口を挟めなくなっていた私はお茶を一口飲んだ。王宮なだけあって、いい紅茶だわ。


「ねえ、イェシカ。わたしが もしも王太子妃の座をビルギッタ嬢に譲ると言ったら――どうする?」


そして、マーユはふと真面目な顔になった。


「……マーユは、それでいいんですの?」


「エドヴァルド様が彼女に絆されるくらいの方だったら、わたしから婚約破棄したいわ。もちろん、妃になって自分を活かすのには憧れるけれど……殿下の義娘になるのも、体に悪そうだもの」


あっけらかんとした口ぶりだが、マーユの言っていることは完全に不敬だ。まあ、私も似たようなものだけれど……。


「そうでしたの……もし本当にそうなったのなら、わたくしも協力いたしますわ」


お父様も、この話を聞いたらきっと喜んでくれるでしょうね。まさかマーユが王妃に反感を持っているなんて、予想外だったもの。


「ありがとう、イェシカ」


そして、そう言って笑った彼女は、ひどく魅力的だった。

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