黒の祭壇
「何これ……」
思わず声を上げてしまったが、目の前にいる大勢の人たちには気が付かれなかった。
扉の向こうには大きな祭壇のようなものがあり、その中央には黒い鳥籠が飾られてあった。その鳥籠はガタガタと音を立てて揺れている。何も中には入っていないのに、だ。
その祭壇を囲うように白いローブを着て顔を隠した人々が立っている。
こういうのって黒い服がメジャーだと思う、だなんて場違いなことを思わず考えてしまった。
彼らが何かをぶつぶつと唱えている。
が、それに耳を澄まそうにも何も聞こえない。ライアーナに目を向けると何かに耐えるように頭を抑えている。
「どうしたの?」
バレないように声を落としながら尋ねてみたものの、返事はない。
一体どうしたのだろうか?
でも、おそらく私には聞こえない言葉が原因だろう。
私に聞こえないということは、彼らが口にしているのはスキルだと考えるのが妥当だ。そして、この首輪がそれを邪魔している。
ライアーナの様子から見て洗脳だとか暗示だとかそういう類いだろう。
「ライアーナ、先に戻ってて良いよ。私がなんとかする」
私の声が聞こえていないのか、その場で蹲り続けるライアーナ。
こんな状況で動けという方が酷か。
待ってて、と聞こえていないだろうが声をかけて側を離れる。
姿を物陰に隠しながら祭壇に近づく。いや、気付かせた方が早いか?
というか、気付かせないままこれ以上近づくのは不可能だ。覚悟を決めて物陰から出ようとした。
その時。
ガタンッ!
扉の側から物音がした。
思わずそちらを向くと、扉の向こうに走り去る人影が見えた。
おそらく、いや、絶対にライアーナだ。
その人影に向かって誰かが大声を上げる。
すると、白服の人たちの大半が扉の向こう側へと駆け出していった。
ライアーナがわざと音を立てて出ていったのだろう。
おかげで、部屋の中に残ったのは数人。この人数であればなんとかできる。
今しかない!!ライアーナがくれたチャンスを生かさなければ!!
残ったのは人の視覚から近づき、首に手刀を入れる。
崩れ落ちた音に気づき、向かってくる彼らを次々に沈めていく。少し手間取りはしたものの、ライアーナのおかげでかなり楽に済んだ。
目を覚まされて、邪魔をされては面倒なので、近くの柱に括り付ける。
髪を縛っていたリボンや、ベルトで身動きの取れないようにした。これで目を覚まされてもなんとかなるだろう。
人を縛り終えてから、一つ息を吐き、気を引き締める。そして、そっと、祭壇の中央の鳥籠に近づいた。
鳥籠は相変わらずガタガタと激しく揺れている。だけど……
「縛られてるみたい」
激しく揺れているにも関わらず、台座から一ミリも動かないのだ。
まるで、見えない鎖でがんじがらめにされているみたいに。
思わず手を伸ばすとバチッ、と火花が指先で散った。
恐る恐る再び手を伸ばすと、相変わらずビリビリとした痛みが掌を包む。そして、その先には見えない壁が。
痛みに顔を顰めながら手に力を入れると、僅かにその壁がしなって音が立つ。
「っ!!」
更に増した痛みを我慢しながら手に力を入れる。掌が焼けるように痛い。
それでも、力を緩めることなく、こめていく。
すると、耳に不吉な、何かが破れるような音が響いた。
その瞬間、何かに跳ね飛ばされ、床に倒れ伏した。床に向けた目に映るのは粉々に砕け散った首輪。
顔を上げると、白い少女が舞い降りたところだった。周囲にはキラキラと何かが舞っている。
それが、暫く使っていなかった「眼」によって見えている景色だということにすぐには気付けなかった。
舞い降りた少女は目を開けて私に微笑んできた。そんな少女に思わず手を伸ばそうとすると、彼女に黒い鎖が巻きついた。
いや、黒と言うには禍々しくて、闇色というべきような鎖。
声にならない悲鳴を上げた少女は私の方をまっすぐに見つめて、口を動かした。
「助けて」
確かにそう動いた。
闇色の鎖はどんどん巻きつき、大きな鳥籠を作り出した。それは、私が先ほど触れようとしていた鳥籠と同じもので。
ああ、そうか。
さっきの鳥籠に入っていたのは目の前で苦しむ少女なのか。そして、この子は私の妹なのだ。
であれば、助けない道理はない。
「八咫霧」
一番馴染みのある木刀に姿を変えた彼がこの手に収まる。
さぁ、最終決戦だ。




