空の旅
「……ドラゴンがここまで乗り心地が良いとは思わなかったわ」
いや、普通に乗り心地が良い。
なんなら、この世界で主要な乗り物とされる馬車よりも断然良い。
ドラゴンに乗ると言われたから、背中に鞍を付けて乗るのかと思っていた。
だが、違った。ドラゴンの背中に馬車が付いている様な感じ。しかも、馬車のクッションはふかふか。チャーチのベッドよりもふかふか。
内装もいかにも魔王です!みたいなドロドロしたものでも、魔王城みたいに和洋折衷でもない。かと言って、チャーチの馬車の様に目が痛くなるほど豪華という訳でも、質素という訳でもない。
素材はどれも一級品で作られているが、最低限の装飾のみ。安っぽく見えずに落ち着いた空間を演出している。
いま、チャーチに向かっているのは私、ハロス、ライアーナ、そして騎手をしてくれている魔王様。
おじさんは、そのまま自分の家に帰るという事で残った。
ついでに、両親への手紙も届けてもらう事にした。
久しぶりに会いたかったけれど、時間が無い。もし、終わった後に時間が残されているのであれば会いに行くつもりだ。
そんなことよりも、この馬車?ドラゴン車?の中が優雅すぎる。
ライアーナは優雅に紅茶を飲み、ハロスはふかふかのクッションに負けて眠っている。魔王様に至っては鼻歌が聞こえてくる。
普通の馬車よりもはるかに快適なドラゴン車は、揺れることもない為、紅茶をカップから飲んでも溢れない。
それより私が気になるのは、風の音が一切ないこと。かなりの速度で飛んでいることは窓の外に目を向ければ一目瞭然。にも関わらず、風邪を切る轟音が全く聞こえてこないのだ。
その上で、外にいる魔王様の鼻歌が聞こえてくるのだ。一体どうなっているのか、本当に気になる。
まぁ、ともかく、何が言いたいのかと言えば、かなり優雅で静かで少し呑気な空間がこの空間の中に広がっているということ。
私たちって今からピクニックに行く訳ではないよね?
そう錯覚してしまいそうなほどゆったりとした空気が流れている。BGMが流れるとしたらふわふわした感じのものが流れてきそう……。
窓の外に広がる世界に意識を向けると、辺りに人工灯は一切なく、大きな月と星が煌めいていることがわかる。
月は満月には後一歩届かないといったところで、星は夜空を埋め尽くさんばかりだ。
「どうしたの?」
「いや、静かだなって」
「夜だしね」
窓の外を眺めていた私に何か気にかかることでもあったのか、ライアーナが尋ねてくる。特にこれといったこともなかったので、小さく笑って視線をライアーナに向ける。
すると、ミーナも飲む?と紅茶を入れてくれたので一杯だけ頂く。
ライアーナの入れた紅茶を飲むのは、数年ぶり、とかいうほど間は空いていないはずなのだが何故か懐かしく感じる。
昔、飲んだことのある味。まさか……
「これって」
「私たちの出身地の特産品である紅茶です。飲みたいかなって思って持ってきてみたの」
ライアーナの優しさに、目が潤む。それを悟られたくなくて再び外に顔を向けて、思考をずらす。
恐らくバレているのだろうけれど、何も言わないでいてくれるあたり、ライアーナは本当に優しい。
窓の外はどこまで行っても森の黒い影と月と星の光しかない。雲もなく、どこまでも見える気さえする。
これが俗に言う「嵐の前の静けさ」と言うものだろうか。
「もうそろそろだから、森の中で下ろすよ」
魔王様が声を掛けてくれたので、寝ているハロスを起こして気を引き締める。
「手順を確認しましょう。と言ってもざっくりしたものになるけれど」
「そうだね、まずチャーチに戻る。出来れば、他の人に気が付かれない様に」
「そうだね。その後は、私が台座まで案内する。この中で見たことがあるのは私だけだもの」
何故ライアーナが付いてきているのか、それはこれが理由である。
私は、神子という役職を与えられたために行動がかなり制限されていた。しょっちゅう抜け出したりなんだりはしていた身だけれど、外に出るのと内部を探索するのとではまた訳が違う。
外に出て仕舞えば、顔を隠して服を替えればなんとかなる。
だけれど、内部を探索するとなると、顔を隠せば不審者になるし隠さなくても姿を見られれば部屋に戻される。
ライアーナは過去に一度だけその場所を見ている。もっとも、移動させられていれば大変なのだが、今はそれに賭けるほかない。
ライアーナを危険なことに巻き込んでしまったことは心苦しいが、本人は割と乗り気なので自分の中にある申し訳なさは無視した。
「さて、行きますか!」
ドラゴンから飛び降りて、街の外からでも容易に目立つチャーチの建物を見やる。
いくら夜中とは言え、ドラゴンは目立つ。だから、近くの森の中でおろしてもらった。この後、魔王様とドラゴンは国に戻るそうだ。
これから先は、ティアとの約束の範囲外に当たるものなのかもしれない。けれど、決めたことはやり切らなくては!!




