シュヴァルフバルト
「やぁ、シュヴァルフバルトくん。私の娘を出してもらおうか」
「お久しぶりです、お義父さん。僕としては彼女の意見を尊重したいのですが……」
「で、娘は今何処にいるのかな?」
「客室で泊まってもらっています」
「何処の、客室かな?」
「そこまでは言えません」
「そうか。なら一室ずつ壊していくしかないのかな?」
「修築費を請求させて頂きます」
「請求に答えるとでも?」
「であれば、壊さないでください」
……え?何この現状。
お茶を飲みながら、くつろいでする話ではない気がするのですが。
どうやらここは魔王の間!!とかそんな場所ではなく、魔王の自室らしい。そして魔王は目の前でお茶を啜りながら茶菓子を勧めてくる。
なんだこの、変にまったりしているようでしていない空間は。
というか、魔王さんイケメンですね。
前世なら本当に少女漫画の王子様ですよね?って確認取りたくなる顔。
黒髪を綺麗に整えていて、勉強が出来て落ち着いていて、ヤンチャな生徒会長の手綱を握る生徒会副会長的な。
いや、自分で言っていてこの例えはわからないわ。
同じ黒髪の美形だとしてもハロスとはまた違った美形だな。ハロスが脱力系なら魔王様は理系イケメンって感じかな。多分。
そんな風に現実逃避しながら、ちびちびとお茶を飲んで空気に徹しようと心がけてはいる。もちろんハロスはもはや空気そのものになっている。そして、妖精ちゃんは呑気にふわふわ漂っている。
小さいっていいね、和むわ。
「お父さん!!帰らないって言ったでしょ!?!?」
ドア、というか襖がバァンッ!と大きな音を立てる。驚いて襖に視線を向けると、そこには肩で息をしたライアーナが立っていた。
……いや、このタイミングで来ますか、ライアーナさん。
空気が2、3度どころか零度以下にまで下がった気がする。というかなった、確実に。
「やぁ、娘よ。君は、私たちとの約束を破ってまで此処にいたいのかな?」
「そういう訳じゃない。でも、あそこに居ても時間の無駄だってわかったから」
「約束を破るような子に育てた覚えはなかったんだけどな」
おじさん、笑顔が怖いです。
この道中、何度その笑顔にやられたと思っているんですか。何度見ても怖いです。
「だから、チャーチに薬なんて存在しなかったの!!」
……は??
え、薬が、無い??いや、だってライアーナは薬の横領、もとい調合方法を盗む……言い換えても犯罪にしかならなかったわ。
とにかく、薬の為にチャーチに入った訳なのに、その薬がなかった、とは??どういうこと?
「だーかーら!薬って言っていたのは聖水で、その聖水も今は枯渇しててただの水を高値で貴族に売っているだけだったの!!というか、手紙に書いたでしょ!!」
え、嘘!?手紙にそんなこと書いてあったっけ!?
もしかして、私が見落としていた?実は封筒の中にもう1枚手紙が入っていたとか!?
「……すみません、ミーナ。2通受け取っていて、1通しか渡していませんでした」
「八咫霧ー!?」
まさかの八咫霧のミスか!いや、今更渡されても逆に困る!
もしその手紙を忘れずに渡してくれていたら、こんな行き違いはなかっただろうし、おじさんもここまで笑顔で来なかった……はず。
まぁ、過去のことをどうこう言っても仕方ないし、来ちゃったものも仕方がない。
その辺は諦めよう。諦めも肝心って言うし。
それより、チャーチの薬はただの水と言う話。それが気になる。
それはおじさんもそうなのか、先ほどまでの怒りを鎮めてライアーナに尋ねている。いや、鎮めて、と言うよりかは忘れて、の方が正しいか。
「手紙読んでないの!?
じゃあ、説明するって言いたいところだけど、さっき言ったでしょう?薬はなかったって。10年ほど前から聖水の湧き水が出なくなったそうなの。聖水は確かに万病に効く薬よ。だから求める人が多かった。無いと伝えても、貴族なんかはお金を払ってでも手に入れようとする。なら、そのお金をタダ同然で貰っちゃおう、ってなったみたいなの」
「でも、聖水は万病に効くんでしょ?ただの水は効かないよね?」
「だから、治ったら薬のおかげ。治らないで死んでしまったら、神は今世での救済ではなく素晴らしい来世をお与えになったのです。って言うのよ」
うわぁ……完全に詐欺じゃん。
要は、プラシーボ効果で何とかしてたってことでしょ?それに多額のお金を請求していた、と。
そりゃ、チャーチがあんなに豪華でキラキラしていた訳だよ。
だって、元の費用ゼロのところお金を払わせていたのだからウハウハになるわな。いや、「ただより高いものはない」という言葉を実感したよ。本来の意味とは絶対に違うと思うけれど。
さて、ライアーナのいい分をまとめるとこうなる。
その1、薬がないから横領も何も出来なかった。
その2、打倒魔王の悪口が耐えられなかった。
実にシンプル。
個人的にその2の要因の方が大きい気がするけれど、まぁそれは人それぞれだろうし、好きな人の悪口を聞き続けるのはそりゃ辛いよね。
「だから、私は此処に残ります」
いやライアーナ、それとこれとはまたちょっと話が違う気が……




