逃げるは大切だと思っていました!
私の言葉に顔をしかめたジェッドさんは、敬語にするかタメ口にするのかどちらかに統一しろ、と不快そうに口にした。
私は、おっさんがそういったことに細かいことを知っている。私がそれを知った上でやったという事をおっさんは知っている。
おっさんことジェッドさんは元ギルド・マスターで、今は裏通りに住んでいる。
住んでいる理由としては、裏通りの人たちに仕事を与えるため。だから、噂なんてあてにならないもので、裏通りの人たちは優しい人ばかり。
特におっさん何て私を年齢ではなく実力で評価してくれた人。
だから、たとえおっさんの纏うオーラがドス黒くなったとしても挨拶がわりのお遊びだって分かり合える。ほんの軽口のつもりで二人とも本気ではなかったのだ。
……彼はそうは思わなかったようだけど。
私とおっさんの間に影が飛び込んでくる。
少年は剣を正面に構えておっさんを見据えている。
「逃げてください!」
……はい?今逃げろって言われた、私?
まぁ、いっか。
「おっさん、例のヤツは?」
「東の森の川辺の洞窟は高い。ただ、普通のガキなら死ぬぞ。」
「ふーん。今日は無理だけど、近いうちに行ってみる」
少年を間に挟んでおっさんと会話を続ける。
側から見たらかなり異様な光景かもしれない。いや、異様だなコレは。
色黒白髪の巨漢とそれに対する10歳前後の少年。そして少年の後ろから巨漢と平然と話す美少女。
会話さえ聞かなければ、美少女を守ろうと悪人に立ち向かう少年、だ……わ……
「あーー!!」
「どうした、お嬢」
私が急に大きな声をあげた事で、おっさんは驚いてこちらを見つめるし、少年の視線もこちらを向く。
いや、この際それはどうでもいい。どうでもいいのだが……。
このスチル、見たことあるんだよなぁ……
「スチルって何のことですか?」
しまった。声に出ていたか。いや、そんな事を気にしている場合では無い。
コレは、間違いなく、勇者・カイルと聖女・ミーナが出逢うシーンなのだ。
違うところといえば、私がチャーチではなくてギルドに所属している事とおっさんと知り合いだって事くらい。
絵だけを見れば、私の服装以外は完璧にあのスチルなのだ。
やばい、かも。勇者と出会ってしまった。よくよく見たら顔同じだし。何忘れてるんだよこの馬鹿!!
ゲームだと、カイルがおっさんとの戦ってミーナを助け、それによりチャーチから勇者と認められる。そしてミーナとともに、仲間を集めながら魔王を倒しに行く。
……ん?待てよ。私は今チャーチとの関わりはないし、何よりおっさんと知り合いだから、カイルは、そもそも勇者にならない!?
物語の破綻、魔王は死なない、ってことはもしかして私の仕事終わり!?
「と、とにかくあなたは逃げてください!」
「お嬢が何から逃げるって言うんだ?」
「それはもちろんあなたからです!!」
「ほう、面白い事を言うな」
あれ?
私が考え事をしている間に2人の間の空気が更に悪くなっているんですけど。どうして!?
今にも少年、カイルがおっさんに斬りかかりそう。無駄な争いは、ダメ!ゼッタイ!
「2人ともストップ!おっさんは子供相手にわかりづらい冗談とオーラを出さない。カイルはそんないかにも寝てませんって身体で何が出来るっつーの」
2人の間に入って、双方を睨む。
おっさんはつまらない、と言ってオーラを収めてくれた。収めてくれたけど、つまらないって何ですか、つまらないって!?
平穏平和を望んでいる私に向かってつまらないとは聞き捨てならない。一言言ってやらなければ気がすま……
「なぜ、俺がカイルという名前だとわかった?」
へ?……あ。しまったぁぁぁぁ!?!?!?
何しちゃってんだよ、私!馬鹿か、阿保か、いや、クソ馬鹿だよ!!
「いや、その……」
「もしかして、お前がミーナ・アリエスか!?会いたかった!神が言っていたのはこの事だったのか!?」
何故にそれを!?
話を聞いてみると、どうやらカイル夢の中で神様を名乗る黒い靄に魔王を倒してほしいとお願いをされたらしい。その神様の話によると、聖女のミーナ・アリエスは悪しき魔王の策略により、チャーチに入れずに冒険者をしている、っと……
……いや、おかしくない!?
ディスティアの話だと、確か魔王はこの世界を維持するために大切な存在なんだよね?其れを殺してほしいとかどこの神様だよ!?
もしかして、ディスティア達の方が神様じゃないとか?いや、そんなはずはない。だったら私のこのステータスは一体何だって話になる。と考えると黒い靄っていうのは……魔物か、その上位の存在ってこと?
「……行かないか?」
何か言われていたみたいだけど、聞いていなかった。でも、魔王を倒しに行こうとかそんな内容なんだろうな。
嫌だって言ったら理由を聞かれて面倒そうだし、この場合の選択肢は1つだけだな。
「逃げるが勝ち!!」
全力疾走でカイルの前から逃げ出す。
おっさんには横をすり抜ける時に礼を言う。そうすれば怪我をさせない程度に足止めしてくれるはず!!
おっさんは何やかんや言って、面倒見が良いからね。
でも、私がここで逃げたのが間違いだったと後悔するのはあと数日後。




