別れ
「だめ」
翌朝になるまでハロスは家にいてくれた。
起きて、少し話したけど1週間はこっちにいる予定らしい。その間にハロスのところに行けば、ギルドのある王都に一緒に連れて行ってくれるって。
その後、ライアーナちゃんを家に送り返して、お父さんとお母さんにチャーチではなく、ギルドに行きたいと伝えた。その答えがこれだ。
「ミーナ。冒険者なんて、危なすぎるわ。チャーチに行って、聖職者になった方が遥かに安全よ」
「冒険者は収入が安定しません。お嬢様には聖職者になりうる素質があるので、それを棒に振るのはおすすめできません」
「そもそも、冒険者になって何をするつもりなんだい?チャーチに行きたくないなら、それ相応の理由なりなんなりを見せて貰わないと」
上からお母さん、サーラ、お父さんの順でまくしたてるように言われた。
正直、全員に反対されるとは思わなかった。私の考えを尊重してくれると思ってた。
「事情を言っても、多分信じてもらえないだろうから言えない。でも!私は冒険者になりたい。お願い!!」
「……ミーナ。お前は昨日、ギルドマスターのハロスさんに助けられた。だから憧れて、なりたいと思っているだけだよ。そんなもの、すぐに消えるよ」
私と同じくらいの目線にまで腰を落として、小さい子供に言い聞かせるように言うお父さんの言葉。
……まあ、確かに見た目は子供だけどさ?
でも、そこまで否定しなくても良くない?なんでそこまでチャーチに入れたがるのよ。なんでギルドに入っちゃだめなの?
「ミーナ、頭を冷やしてくるんだ。お前は賢い子だから、頭を冷やせば僕たちの考えがわかるよ」
「待って!まだ話を聞いて!!」
お父さんの声で部屋に執事やメイドが入って来る。
彼らに連れられて、私は自分の部屋に戻された。部屋を出るとき、彼らは一言謝った。
その後に聞こえたのは「ガシャン」という金属的な無機質な音。
「鍵まで閉められたし……」
普通鍵まで閉める?多分、部屋から出たくなって根負けすると思っているんだろうな。
こんなことされて、私が諦めるかっての。むしろ、さっきよりやる気になって来た。どうにかして認めさせてやる。
と言っても、どうやって説得すれば良いんだろう……とりあえず、誰かが来るまで待っていよう。
「ミーナ、頭は冷えたかい?」
ドアの向こうから、声をかけられた。聞こえづらい部分はあるけど、多分お父さんだ。
部屋の時計を確認すると、部屋に入れられてから1時間半ほど経っている。
「お父さん、私の気持ちは変わりません」
「そっか……」
どこか悲しそうな声の後は何も聞こえなくなった。また1人だけの空間で時間が過ぎて行く。
何もやることがないと時間が長く感じる、なんて誰かから聞いたけど、私には長くなんて感じなかった。やることは特にはないけど、長くは感じなくて。むしろ早くさえ感じた。
「お嬢様、昼食をお持ち致しました」
その後に鍵を開ける音がして、サーラが入ってきた。
「ありがとう。お昼ご飯はないかと思ってた」
「お嬢様、私はこの家のメイドです。ですから、お嬢様を危険な目に遭わせたくありません。ですから、どうかギルドの件はお考え直しください」
そう言い残してサーラは部屋を出て行った。
後に残ったのは再び鍵を閉める音と、暖かい昼食だけ。昼食は珍しく私の好きなものばかりだった。
「私って愛されてるんだなぁ……」
口に出すと、嬉しさがこみ上げてくる。
このまま、家族の言う通りにチャーチに行った方が、孝行になるのかもしれない。そんな考えが出てきたけれど、首を振って追い払う。
私は諦めないから、絶対に。
それから7日経ったけれど、相変わらず部屋の中だけの生活。毎日毎日、誰かしらが考えは変わったか、って聞きに来る生活。
今日ハロスは発つはずだから、今日中に、いやもしかしたら間に合わないかもしれない。
それでも言わなくちゃ。もし認めてもらえなくて間に合わなければ、自力で行けば良いもんね。
「お嬢様、朝食をお持ち致しました」
サーラが朝食を持って部屋に入って来た。今しかない!
そう思って、ドアへ駆け出した。サーラに捕まらないように身をよじってドアノブに手を伸ばす。
そのまま廊下へ駆け出してお父さんとお母さんの元へ急ぐ。
この時間なら、朝ごはんを食べているはず!!
「お父さん!お母さん!」
息を整えるために深呼吸を何回かして、両親の目を真っ直ぐに見る。
怖い。けど、やらなくちゃいけない。
「私は、冒険者になります!ギルドに入ります!気の迷いだのなんだの言わせない。
確かに、お父さんやお母さん、それに使用人の皆さんが、冒険者は危険だというのはわかります。そんなの百も承知です。でも、だからといって聖職者が安全だって言い切れる保証もありません。
止めるなら、意地でも出て行きます!」
無言のまま席を立ったお父さんがこちらに歩いてくる。ここで目をそらしてはいけないと、何かが私の中で叫ぶ。
「お前の意思が本物なら、この家に2度と戻るな。この家に、チャーチに行ける素質を持った娘はいなかった」
「お父さん……?」
「……早くここから立ち去れ」
お父さんは優しく微笑んで、お母さんは小さく頷いた。
お父さんとお母さんにどんな心境の変化があったのかは知らない。けれど、それはつまり、ギルドに入るのを認めてくれたってこと?
だとしたら、
「ありがとうございます、お父さん、お母さん」
最後に耳に届いたのは、多分、愛してるって言葉。
その日の午後、私はハロスとともに、王都に向かう馬車に揺られた。




