盛大にマズった……
サーラに促されて、お母さんに隠れるように広間に入る。
「ミーナ、こちらに来て挨拶をしなさい」
広間に入るなり、お父さんに呼ばれて慌てて返事をした。
急ぎ足で、お父さんのいる広間の前方部へと向かう。
緊張する……。
深呼吸をして、前もってお母さんとお父さんと3人で考えた挨拶を口にする。
「皆さま。本日はわたくし、ミーナ・アリエスの誕生パーティにお越しいただき有難うございます。
侯爵令嬢としては、まだまだ未熟者ではありますが、今後とも我が家、延いては我が領地と皆さまとの間に友好な関係を築いて行けますよう尽力致したい次第にございます。
皆さま、本日は心よりお楽しみいただけると幸いです」
なんとか噛まずに言えた。
後はカーテシーを披露するだけ。大丈夫。何度も練習したんだから。
そう思って慎重にお辞儀をする。
何も聞こえない。シンと静まり返っている。
あれ……私、何か間違えたかな⁉︎
どうしよう。怖い。怖くて顔が上げられない。
そう思っていると、突然大きな拍手が耳に届いた。
あまりの大きさに驚いて、身体がビクリと反応した。
「4歳だというのに立派な挨拶だよ、ミーナちゃん」
聞き慣れた声に顔を上げると、あたりの様子が瞬時に目に入ってきた。皆んなが優しい顔で微笑みかけてくれている。
そう思うとなんだか嬉しいやら、安心したやらでちょっと涙が滲んできた。
「おじさん、来て下さって有難うございます」
声をかけてくれた人、ロベルトさんに近づいて礼を言う。
ロベルトさんは私が領地の中で1番仲良くさせてもらっている子、ライアーナちゃんのお父さん。家に遊びに行く時とかはお世話になっている。
私のお父さんとも地位を超えた昔からの友人だそうで、昔話を聞かせてくれたりする優しい人。
「こんな平民よりも先に挨拶すべき人は沢山いるさ。早くお父さんのところにお戻り。それと、挨拶が終わったらライアのところに行ってやってくれ。緊張して壁に張り付いてしまっているんだ」
「わかりました。後ほど行きますね」
「ああ、頼んだよ」
小さく笑いあって、それではまた、とお辞儀をしてお父さんとお母さんのいる場所へ戻る。
ロベルトさんと話したおかげで、少し肩の力が抜けた気がする。もしかして、そのために声を真っ先にかけてくれたのかな、なんて。
「ミーナ、上手だったよ。流石は僕たちの娘だね」
「有難うございます、お父さん。でも、とっても緊張しました」
「ずいぶん素っ気ない、大人びた話し方をするね」
いや、そりゃあ人前ですからね。お淑やかにしとかないと貴方達の評判にも影響がありますから。
それより、来賓の皆さんに挨拶しましょうよ。なんだかうずうずしている人が視界のあちこちに見えるんですが。
「それにしてもすごく似合っているよ。まるで天使が舞い降りたみたいだ」
「そうでしょう、あなた。わたくしとサーラの自信作ですのよ!」
あ、お母さんまで……
「わたくしとしては、これでもまだまだ足りませんわ!」
「そうだね。僕達の娘ならもっと可愛いものも、もっと大人っぽいものも似合いそうだよ」
……私はもう諦めました。
そう思って、1番近くにいた人に声をかけた。
「わたくしの両親が大変申し訳ありません。もしよろしければ、わたくしが代理として挨拶申し上げて宜しいでしょうか?」
「え?あ、あぁ……」
「有難うございます、ドクゼンベルク伯爵」
「私の名前を知っているのかい?」
「勿論です。招待状をお出しした方のお名前と特徴は全て、メイドからお聞きして覚えておりますから」
いやぁ、大変でしたよ。100人越えでしたから。
サーラが、お父さんとお母さんが役に立たなくなる可能性を予測して頭に叩き込んでくれましたから。
まぁ、名前がわからなかったら【神眼】でステータスを盗み見ればわかるんですけどね。
さあ!お父さんとお母さんの代わりに私がお相手致しますよ。やってやりますよ。ヤケクソですよ。
頼りないでしょうけど、ドンと来なさい!何しろ精神年齢はこの世界の成人年齢を越していますからね!
「ドクゼンベルク伯爵は、父と交易のお話でいらしたのですよね。本当に申し訳ありません、あんな調子で……」
未だに私の話で盛り上がって、周りの見えていない両親に目を向ける。
アレは終わりそうになさそう。だってサーラまで混ざって盛り上がっているんだもん。
「驚いたな。どうして私が交易の話をしたいと思っていると考えたんだい?」
視線をドクゼンベルク伯爵に戻して微笑んで答える。
「近年、徐々に伯爵の領地からの仕入れが減ったとお聞きしましたので、農作物の育ちが悪くなったのでは、と思いまして。違いましたか?」
「いや、そうだよ。ここに輸出している農作物の育ちが悪くてね。だから少しね」
「失礼ですが、同じ土地で同じものを毎年育てていますか?」
「え?そうだけど。家ごとに育てているものは同じだけど……それがどうかした?」
やっぱり。土壌の栄養不足、いや栄養の偏りだろうな。
助言するべきかな、それともやめとく?いや、でもこの領地というか他の交易相手にも問題になるだろうし……よし。やるか。
「恐らく、それが原因だと思います。
わたくしは花を育てているのですが、育たなくなったことがあったのです。それで試しに違う種類の花を植えたら育ちました。その後、また同じ、育たなくなった花を植えたら育ったのです」
「花も野菜も植物。つまり、同じ土地で同じものを育て続けたのが、生産量の低下に繋がった、と?」
「はい。あくまでわたくしの体験談ではありますが」
「確かに、一理あるかもしれないな。帰ったら早速試してみるよ。それで無理だったら交易相談に来ようかな」
「良いんですか?私のような子供の話を真に受けて」
「良いも何も、こんなにも大人びた君の話だ。しかも実体験からの考察付きのね。子供の意見だと切り捨てるには勿体無いと思っただけだよ」
うわ、ドクゼンベルク伯爵って超良い人。ヤバい。是非とも仲良くなりたい。
でもごめんなさい。私、花なんて育てたことはないです。嘘をつきました。嘘をついてごめんなさい!
ん?いつのまにか周りに人が集まっている。どうして?
その後、花を育てた時の実体験を是非詳しく聞きたいと迫られた。どうして⁉︎
その中にはロベルトさんまでいた。何故に⁉︎
どうやら、輪作とかそういう類いの技術というか知識?はないみたい。
ヤバい。私、かなりマズイことをしたっぽい。
それから、暫くして現実に戻ってきたお父さんに抱き上げて助けられるまでアレコレ聞かれ続けた。
疲れました。
「ねぇ、ミーナ」
「はい。何ですか?お父さん」
「皆さん、揃いも揃って君を褒めて、是非息子の嫁にとか言われるんだけど何を話したの?」
「……」
私は何も知りません!輪作のお話をしただけです!!そんな目で見ないでください!!




