第29話 殺す者と死ぬ者
アレックスは無理やり体勢を立て直し、手に持った流血光刃を強く握りしめ、ゆっくりとルーアンに向かって歩き出した。
「どうしたんだい?構えないのかルーアン。今の私と君じゃ、分があるのは君だ。ルーアン・・・それとも、もう、戦う気はもう無いのかい?」
確かに、ルーアン自身もアレックスの強力になった攻撃でかなり疲労はしていた。だが、それでも立つのもやっとの彼に比べれば、その力の差は一目瞭然だ。
しかし、ルーアンはアレックスの余りにも強い決意と、それに当てられた自分の心に動揺し、後ずさる事しか出来ない。
(なぜ、下がるんだ俺・・・でも、なんで、逃げようともしないんだ俺、俺は一体・・・何が起こっているんだ)
ルーアンはアレックスから目を逸らした。戦いの中、しかも一対一の戦いで相手から目を逸らす事は、敗北したも同然の事なのだ。それを分かっていながらもルーアンはアレックスに目を向けられなくなった。
代わりにルーアンの目線はマリリンへと向いてしまった。マリリンの表情は、不安、焦り、悲しみ、それら負の感情が、全てルーアンに向けられていた。
(そんな目をしないでくれ。マリリン、俺は、君の依頼は絶対に成し遂げるって決めたんだ。心配しないでくれ・・・頼むから、俺の為に泣かないでくれ!!)
ルーアンの気持ちが昂った。そして、アレックスのプレッシャーを跳ね除け、再び闘志がみなぎりアレックスを睨んだ。
「それで、いい。自分に、正直でいいんだよ。ルーアン・・・だったら、行くよ!!」
アレックスは大きく雄叫びを上げ、己を更に奮い立たせ、動かない足を前に出し、気力だけで己の体にかかっている負荷を跳ね除けた。
「アァレッックスゥゥゥゥァァァァッ!!!」
同様にルーアンも叫んだ。もう負けたくなくなった。自分に正直になった。今は只、マリリンの為に戦う事を決意したのだ。
アレックスは剣を振り降ろす。ルーアンも負けじと氷の刃を合わせる。
鍔迫り合い、だがこの鍔迫り合いは規模がまるで違う。押し合い、互いに踏み込みを更に強くし、相手が崩れるまで力を緩めない。一切そこから切り返す気などない、直線あるのみだ。
「んぐっぐぐぅ・・・!!」
「ぎぃっいいっ・・・!!」
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(どうして・・・なんで・・・なんなのよ、これ・・・わたしは、ただ、お父様に目を覚まさせたかっただけ、死ぬのはわたし一人、そうなる、はずだったのに・・・なんで、こんなわたしの為に、こんなにも傷つく人がいるのよ)
アレックスとルーアンが戦う中、マリリンは困惑し、ひたすら考えていた。何故こうなってしまったのか、自分は何かを間違えてしまったのかと。
「止めて・・・」
か細い声で言う。だが、小さすぎるその声は、隣の忠也にすら聞こえない。
(やめて・・・お願い。逃げてルーアン。あなたが傷つくのは見たくないよ。今あなたはわたしの為に戦ってる。そんな必要はないよ、ただわがままな貴族の小娘の為に、自分の命を賭けないでよ・・・お願いだから、この戦いを止めて・・・)
叫びたくても叫べなかった、今一番すべきことは、全ての真実を全員の前で言う事。二人はマリリンの為に戦っている。マリリン自身が止めなければ、マリリン自身が全てを今、言わなければどちらかが死ぬ。
だが、言えない。ここまで練った計画が今崩されるのは嫌だった。マリリンはなんとしてでも腐りきった貴族を何とかしたかった。
今の戦いを止めて、全てを水の泡にするか、全てを話し、二人を救うか・・・その選択を彼女はしなければいけなかった。
「みんな・・・君の為に頑張ってるんだよ。闘ってるのはアレックスさんや青薔薇さんだけじゃないんだ、あにきもタマ兄もハチ兄も、エリザベートさんも、サナちゃんもルナちゃんも、ホシおねぇちゃんも、あのスチュワートさんも、君を助けたいと願ってる。
でも、君にとって一番の助けはなんなのか、おれたちには分からないよ。この世界を救うには君の死が必要なのかもしれない。その考えはあってるのかもしれない。けど、それで逆に救われない、悲しむ人はいるんだよマリリン。おれでは君を救えない。アレックスさんでも君を救えない。君を本当に救えるのは、本当の君を知る人だけ。だから決めなきゃダメ、何をすることが一番大事なのか、正しい事なのか、決めるのは君だよ」
忠也がマリリンの肩に優しく手を置いた。マリリンは忠也の顔を見た、その顔は優しいが、悲しく、少しいらだっている様にも見えた。目の前で苦しんでいる人を助けたくても、その苦しんでいる人がそれを拒んでいる。その顔を見たマリリンは、何をすべきなのか考えた。
「わたしが・・・正しいと、思う事・・・」
マリリンは全力で悩んだ、そして決意した。
「止めてぇぇぇっ!!」
今度は、大きな、屋敷じゅうに響き渡る大きな声で叫んだ。アレックスとルーアンはその声の方向に意識が向き、力がずれ、互いにバランスを崩し、倒れた。
「二人とも、もうやめて・・・ルーアン、もういいの。わたしの為に・・・御免なさい。ここまでやってくれたのに、裏切っちゃうことになっちゃって・・・だけどお願いルーアン、もう、傷つかないで・・・」
マリリンはそっと、ルーアンの元にしゃがみこみ、被っていたフードを取り払った。
「えっ!?子供?」
タマが驚きの声を上げた、それもそのはずだ。今、アレックスと激闘を繰り広げていたのは、深い青色の髪を持った、マリリンとほぼ同じ年位の少年だった。
「噂は、本当だったのか・・・青薔薇は、十二歳ぐらいの子供であると・・・」
シャロウも、ルーアンの素顔に口を開けていた。
「っく・・・いいのか?本当に・・・そうなるとお前は、一生、人形として生きていく事になるんだよ。自由になる事を、捨てるって言うのか!?」
ルーアンは悔しそうな、絞った声でマリリンに問いかけた。
「あなたも人形じゃないの。言われるがままに標的を殺し続ける。同じことを繰り返す人形。あなたはわたしと何にも変わらないわ。わたしたちは同じ操り人形。だからなのかな、あなたにだけは心置きなくわたしの悩みを打ち明けれた。けどもういい、自由はいらない・・・
わたしはあなたを助けたいだけ。自由は見つけられた。だから行くの・・・全部壊せるのは、あなたじゃない。あなたはわたしをもう救ってくれた。今度はわたしがあなたを・・・いえ、みんなを助ける。それがわたしのやるべき正しい事」
マリリンはルーアンの頭をそっと撫で、立ち上がった。
そして、部屋を飛び出した。その顔は、笑っているのか泣いているのか、はたまた怒っているのか分からないが、一つ分かるのは、マリリンは大きな決意を抱いた事だ。
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「・・・これが、答えだよ・・・ルーアン。君はもう誰も殺す必要はないんだ・・・君はもう、人形じゃない。ルーアン・イツと言うただの少年だ。君は心に従った。だから殺せなかったんだ。人形は何も考えず、正しきことの区別もつけることも出来ない、ただ誰かの得の為に動くだけの存在だ。だけど、君は正しい事と思う事を考えた、つまり心を持ったんだ・・・心を持った人形を人間と呼ぶんだよ、ルーアン。
君は人間になれた、そして人形だったマリリンにも心を与えた。任務は成功した。ゾロアス家の娘マリリン ゾロアスは死んだ。そして、青薔薇、ルーアン・イツも死んだ。今いるのはただのマリリンとルーアンだ」
アレックスは倒れたまま、ルーアンに呼びかけた。
「俺が、あいつを殺したか・・・いや、違うなアレックス・・・ようやく、分かったよ。俺はあいつに既に殺されていたんだ。出会った時から既にな。
俺は、マリリンの貴族を壊すという決意に引きずりこまれたんだ。その中で俺は殺されていた、気が付かないうちにな。そのうち俺はあいつの望みを叶える為なら何でもやろうって考えてたんだ。かつての俺なら、そんな事微塵も思考しなかったのにな。マリリン、俺ではお前を殺せない。強すぎだよあんた・・・」
ルーアンは「ハハハ」と僅かに笑って天井を見上げた。
『にしてもマリリン・・・心配だなぁ』
アレックスとルーアンは同時に、先ほど飛び出したマリリンを心配した。
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「はぁ~あ、こんなことしても無駄なんだけどなぁ」
四方八方から同時に大量の剣が襲い掛かる。
「でもまぁ、あんさん自身があいつを殺してるって事に気が付かなきゃ、意味がねぇんだよな!」
スチュワートは地面に槍を突き刺し、上に飛び上がり、右手一本で槍の柄を握り逆立ちの状態で攻撃をかわした。
「ほ~れっと!」
その状態から体を大きくひねり一気に一点に集まっていた護衛を吹っ飛ばした。
「なんだこいつ!滅茶苦茶強いぞ!」
「だからなんだ!怯むな!!」
「お~お~、正に雑兵のテンプレ発言だなぁ。じゃあ俺は・・・たまには主人公もいいか!!アッハハ!!」
スチュワートは全くの無傷のままシャイニーの護衛を次々となぎ倒していく。
「おいシャイニーのあんさんよぉ、なんで俺がここで、戦ってるのか、今、考えてるかぁ?」
戦いながらスチュワートはシャイニーに質問する。
「考える必要などない。強いて言えば貴様が我々の侮辱に来たからだという事だけだ!」
「あ~、馬鹿にはしてんな。そこはあってるな、うん。えらいえらい!貴族にしてはよく出来ましたぁ!!でもな、俺が誰も殺さずに戦う理由には全くなってねぇよ」
スチュワートは小馬鹿にしたような態度だったが、ほんの少し、恨みにも近い感情をシャイニーに向けた。
「てめぇ、本当にさっきの言ったこと、只のでっち上げと思ってんのか?それでよく親を名乗れるなぁ、ぁあ?」
「貴様に何が分かるというんだね!我々の事なぞ知りもしないくせしおって!!」
「知るはずもねぇだろ。今の俺ぁただのアレックスの護衛だ。それ以上でも以下でもねぇよ。けど人間ではあるがな。俺にも昔妻がいたんだよ、子もいた。けどなぁ、そいつらは俺のせいでおっちんじまった。それこそあんさんと同じような感じだったなぁ。
俺ぁひたすら仕事仕事よ、立場だの、任務だの、真に優先すべきことはそっちのけ。だからよ、そのせいで全く見えなくなっちまってたのさ。チュウちゃん曰く、灯台ってのは下は照らせねぇんだってさ、だから一番近くにいた助けを求める声も、あの時の俺には届かなかった。
あんさんよぉ、貴族ってのはなんなんだ?人間じゃねぇのか?もし別の生き物って言うんなら俺はどうしようもねぇ。だがよ、あんさんが人間なら、聞こえてたはずだ、見えてたはずだ。マリリンちゃんの心の声がな!」
スチュワートは大きく槍を横に振り、ことごとくシャイニーの護衛たちを一気に吹き飛ばした。
「ちったぁ自分が人間だって考えやがれ!!あんさん見てると昔の俺を見てるようで胸糞悪くなるんだよ!!いつまでそこに踏ん反りかえってりゃ気が済むんだ、ぁあ゛!?てめぇが動かねぇ限り俺ぁずっとここで、戦い続けるだけだぜ?こいつらの忠誠心はたいしたもんだ。いくら吹っ飛ばしてもしっかりと立ち上がって来る。けどよ、こいつらも傷ついてるんだ。このまま戦えばいつかは死ぬぜ?
てめぇは部下も見殺しにして、実の娘すら殺す最低の存在に成れ果てるんだ。今がそのギリギリの境界線まで来てんだよ!
シャイニーよぉ、物事には全て理由があんだ。青薔薇の殺害予告の手紙が来た事も、アレックスたちがここに来た事も、俺がここで戦ってる事にも・・・マリリンちゃんがいつもあんさんの期待に応えていた事にもな。そしてこの理由は全て一つに繋がってんだ」
「・・・」
シャイニーは視線を逸らした。スチュワートを見れなくなった。シャイニーの中でも闘いが始まったのだ。
(もしかしたらスチュワートの言っている事は事実なのではないのか?そうでなければこの場所で、見せつけるように戦う事はしない。しかし、ゾロアスを侮辱し、マリリンを愚弄するこの輩の言う事なぞ信用出来ぬ)
シャイニーはまだ、攻撃の指示を止めない。スチュワートは半ば呆れた声で溜息をつき、再び立ち向かってくる護衛を次々になぎ倒す。
「早く決めねぇと、そろそろこいつら死ぬぜ?俺ぁ人様の家の事に文句を言うつもりはねぇよ。けどな、それのせいで人一人の命が関わって来るってんだ、国は違えど人々を守る軍人だ、見過ごすわけにもいかねぇよ、とは言っても俺が出来んのはコレが精一杯だ。
あの子の事を本当に死から救えんのは、本当の親のあんさんしかいねぇんだよ。あんさんが本当のマリリンちゃんと向き合わない限り、あの子を救う事は不可能だ」
「・・・・・・・・・っぐ、止めるんだ!!」
シャイニーの指示の元、スチュワートへの攻撃を止めた。そしてシャイニーは椅子から立ち上がった。
「貴様の言う事、真実とは到底思えないな。だが、仕方ない。そこで待っていろ。真相を暴いてやる」
シャイニーは捨て台詞を吐き捨て、部屋から走って飛び出した。
「っへ!ほんと、貴族ってのはムカつくなぁ。真実と思ってねぇんだったら、わざわざ部屋から走って出たりしねぇだろうが。でも、まいっか。そうだ!護衛のあんさんらよぉ、暇になったししりとりでもして遊ばねぇかぁ?」
「・・・はい?」




