第2話 勘違い
女性は驚いた顔のままゆっくりと零に近づいた。
「今まで・・・どこに行ってたんだーーーーーーー!」
すると突然零の頬を思い切り平手打ちした。
「は?」
零は突然叩かれた事に訳が分からなくなった。こんな女は知らない。
「アマナ!あんたがいなくなったおかげで、こちとらいい迷惑だよ!借金なんてしてたなんてさ!!おかげでうちが毎回支払う身だよ!!」
女性は訳の分からない言葉を連発していた。そこで零は勘づいた。
「おい待て、俺はアマナなんて奴は知らん。勘違いじゃねぇか?」
その瞬間女性は手を止めた。するとキョトンとした顔で零を見た。
「あ・・・あれ?そっくりだけど、ちょっと違う?アマナ、こんなにがっしりしてなかったよな・・・ま、まさか」
女性は急に冷や汗をかき始めた。
「俺はアマナなんて名前じゃねぇ」
「ちがうの?ちがうの?ちがうの?」
「だれなの?だれなの?」
「ご・・・ごめんなさい!!人違いでした!!あまりに似てたものだからつい・・・なんてお詫びしたらいいのか」
女性は、自分のしでかした事を思い出し、目にも留まらぬ早さで頭を深々と下げた。
「別に責める気はねぇよ。勘違いは誰にでもある。それよりもだ、ここは一体どこなんだ?道に迷ってしまってな」
「え、ここ?ここはセイアン村の外れの森だけど?」
零は村の名前を聞いてもサッパリ分からない。そんな名前の村は聞いたことがない。零はもう少し詳しく聞くことにした。
「せいあん村?すまねぇが聞いたことがない」
「あ~小さい村だからね。旅の人には知られてないかも。ここはエイド王国とアダムス王国の間にある所。エイド王国 青龍 ライン地域 セイアン村だよ」
「あ、え はい?」
更に分からなくなった。この場所は日本のはずだ。にもかかわらず女性はいきなり王国がどうこう話をしている。零は夢を見ているのではないかと疑いだした。
「えいど 王国?一体何の話をしてるんだ。そんな国聞いたこともねぇんだが。冗談を言ってる訳じゃねぇよな」
「いや、冗談はそっちじゃないよな。国の名前を知らないのはあり得ないでしょ?別の世界から来たなんてつまらない物語じゃないんだしさ・・・」
零は完全に理解することをやめた。あり得ない事だ。自分たちのいる場所は、世界そのものが違うのかもしれないとは、理解し難かった。だが、目の前の現実は変わらない。
「・・・・・・いや、もしかしたら、そのつまらねぇ話なのかもしれねぇ。ちょっと待っててくれないか?俺の仲間が上流にいる」
「あぁ・・・分かった。なんだか冗談言ってる訳じゃなさそうだし、待ってるよ・・・」
零は再びハチたちのいるところへと戻ろうとした。しかし、それは無意味だった。
「兄貴!!」
ハチが息を切らしながら走って来た。その後ろでタマが忠也を抱えて血相を変えて走ってきていた。
「どうした?」
「兄貴が出た少し後に、変な動物に襲われまして・・・」
ハチの言葉に女性が目の色を変えた。
「ねえ、あんたたち。まさか、ここで焚火とかしたか?」
「・・・あぁ」
零の発したその言葉で女性は双子の女の子を両脇に抱えた。
「まずいよそれ!!逃げるよ!!」
女性が零たちを導こうとした。だが、一足遅かった。既にそいつらは零たちを囲んでいたのだった。
『グウルルルルルゥ・・・・・・』
唸るような声、これは腹の虫なんかじゃない。得体のしれない何かの声だ。
「なんだ、この声は・・・」
「・・・害獣だよ。人を襲う動物だ。まさか・・・あいつ等の事も知らないのか?」
零は頷く事しか出来なかった。それよりも周囲から向けられる目に意識を集中していた。そんな中、双子が一緒の方向を指さした。
「あそこ!あそこ!あそこ!」
「がいじゅー!がいじゅー!」
指さした方向の茂みからゆっくりとそいつは姿を現した。灰色の大型犬のような見た目だが、剝き出しの牙とよだれがどう猛さをにじみ出している。
「兄貴、あいつです。あんな生き物は見た事ありません・・・」
「忠也、あいつ等に腕をやられてしまいました。すいません、俺がついておきながら・・・」
忠也の腕は真っ赤に染まっていた。だが、タマの足も同じように真っ赤だ。タマは忠也を守ろうとしていたが彼もまたやられてしまったと零は理解した。
零はゆっくりと一歩前に堂々と出た。
「ハチ、数は分かったか?」
「はい、6匹です」
「いや、7匹だ。もう1匹隠れている。俺の真後ろだ・・・こいつら、中々に知能が高いみてぇだな」
目の前に出てきた害獣はその1匹に意識を集中させるために前に出てきた。だが、その本当の目的は零の後ろを取る事にあるのだ。
「ちょっ、害獣とやりあう気!?丸腰じゃ勝てないって!!」
女性は零を止めようとする。しかし零は脅しには屈しない。零は懐からドスを取り出した。
「おいてめぇら、俺たちの組に喧嘩売るとは、随分と良い度胸してるじゃねぇか。その喧嘩なら俺が買うぜ。
俺の名は、狭山組が舎弟頭、神崎 零だ。死ぬ覚悟を持ってかかってきな・・・」
一匹が零に襲い掛かった。しかし、すれ違うように零は害獣の首元を切り裂いた。
「まず1匹・・・次は・・・」
零の死角から一匹、更にもう一匹が女性に襲いかかった。
「ウオラァ!!」
ドスを逆手に持ち勢いよく突っ込む害獣をそのままくし刺しにし、その勢いを保ったまま今度はもう一度正手に持ち替え、女性に襲い掛かる奴に投げつけた。
「3・・・」
害獣は零を危険と察した。3匹が一気に襲い掛かる。1匹は足元を狙い、残る2匹は両サイドから襲う。
零は軽く飛び、足元を狙った奴の頭を踏み、両サイドから来た2匹の片方の喉をドスで貫きもう一方を強烈なアッパーで顎を砕いた。
そして止めに3匹同時に重ね、頭を同時に貫いた。
「6、あと・・・1匹、てめぇだ」
最後の1匹、完全に零の背後を取っていた害獣は、突然突き出てきた足蹴りで宙を舞った。だが、零は攻撃の手をやめない。そいつが落ちてくる前に零は起き上がり、更に右手のアッパーを食らわせまた宙へと浮かせた。
まだ終わらない、零は更に害獣を前に蹴り飛ばし、膝蹴りし、自分の懐に入ったところで止めに両手を握り頭を叩き割り、地面へと墜落させた。
「終わりだ・・・」
零はドスを引き抜いて血を拭きとり鞘にしまった。
「あ・・・あ、」
女性は一連の出来事に言葉を失った。双子も目を真ん丸にして固まっていた。
「さすがです兄貴、俺もあそこまで強ければ・・・」
「いや、俺でもあいつ等は久しぶりに苦労した。それよりもだ、タマ、忠也、大丈夫か?」
零は2人の様子を見た。そして零は再び混乱した。
「また、治ってやがるのか・・・」
「はい・・・訳が分からないですよアニキ。どうなってるんですか?」
「う・・・ん?」
気絶していた忠也が目を覚ました。
「おれ・・・どうしてたの?」
「全員、無事か・・・俺も訳が分かんねぇんだが、とりあえず俺が知ったことを話すぜ」
零は自分の憶測を含めた事実を3人に話したのだった。