第26話 その背中に刻む明王の意志
「行くぜ偽物」
零は血の付いたドスを振り、血を払い、まずは左拳で殴りかかった。
その拳はリバーの顔面に見事にめり込んだ。
「成程な。並大抵の人間なら脳震盪じゃ済まない一撃だ。だけどな、俺には全く通じねぇんだよ!!」
リバーは全く動じず、仰け反った体勢を力任せに押し戻し、逆にリバーの左拳が零の顔面に炸裂した。
零はその衝撃で飛ばされ、屋敷の壁に激突し、その壁も綺麗に砕けた。
「どうだ?俺のただのパンチは、ありえねぇぐらい強いだろ?これが、この力を持つ者こそが、世界を支配するにふさわしい。それに聞いとけ?俺のこの力はまだ完全じゃない。偶然成功した存在でしかないんだよ。俺たちの研究が完遂すれば永久に死なない、完全な支配者。神にも匹敵する力を得ることが出来る。誰も逆らえない。完全な世界を創造できるんだぜ!?」
リバーは大きな声で笑った。既に勝ち誇った顔だ。
「なぁてめぇ、てめぇは周りからうるせぇって言われた事ねぇか?さっきからやかましんだよ。ベラベラベラベラと、それに聞いてりゃ、こんな猫パンチ程度で世界の神になるってか?てめぇの一撃なんてどんなに威力を上げても、俺一人殺せねぇよ。馬鹿が」
零は瓦礫の中から立ち上がった。服がボロボロになっている。傷自体はもう既に無くなっていたが、全身が血で汚れていた。
「なぁにふざけた事言ってんだ?その姿でそんな言葉言っても説得力の欠片もねぇぜ?阿呆が」
「だったら、もう一発殴ってみな。てめぇがいかに馬鹿か思い知らせてやるぜ」
「後悔すんじゃねぇぞ!」
零はリバーを煽った。その煽りにまんまと乗せられ、リバーは拳を突き出した。
「うをおらぁっ!!!」
零は完全に攻撃を見切った。真っ直ぐ飛んできた拳をかわした、その代わりにリバーの顎の下から零の拳が飛んできた。
その拳はリバーの顎の下から入り、その衝撃は脳天を突き抜け、更にはその体ごと上空へと吹き飛ばした。リバーの体は宙を舞い、頭から地面に激突した。
「その拳で世界を取るって言ってんのなら、相当な笑い話だぜ?まぁ確かに威力だけは認めてやる。だがな、意志も覚悟もねぇ奴の拳なんて、簡単に払い落とせる。今みてぇにな。
立てよ、いつまで寝てんだ?さっき俺はてめぇの心臓をぶっ刺した。だがてめぇは普通に生きてた。そして今、あごの骨を砕いてついでに首の骨もへし折った。でもこんなんじゃ死なねぇってんだろ?分かってんだよ、神になろうとしてる間抜け野郎」
零の言葉を受けて、リバーは再び立ち上がった。そして変な方向を向いた首を持ち上げて元に戻した。
「全く、てめぇはつまんねぇな。もっとましな反応しろよ。あそこまでやってなんで生きてんだ?とか、普通ならそうするぜ?」
「済まねぇな、この世界に来てから訳分かんねぇ事が多すぎてな、いちいち反応すんのがめんどくせぇんだ」
「あ?世界に来てから?何言ってんだこいつ」
リバーの疑問を零は無視して、ドスを構えなおした。
「さてと、小手調べは終わりだぜ?俺は裏の人間・・・表を守る為の支え役。表を守る為ならば人の道をも外れよう。来なよ偽物。てめぇと俺の差を見せてやる、己が背負うと決めたものの差をな!」
零はリバーを煽り、互いに向き合った。
「本当にムカつくなてめぇ。決めたぜ、てめぇの無残な死に様を、あのガキどもの前に晒してやる。そして思い知らせてやるよ、俺たちに盾突くとどうなるか。
より力を持つ者こそが絶対の支配者。それがこの世界のあるべき姿だろうが!!」
2人は同時に前に出て零はドスを、リバーは氷でできた剣を振り下ろした。攻撃がぶつかり合い、冷気が周囲に飛び散る。
「死ねええええええ!!」
「失せろおおおおお!!」
零はその強靭な身体と技でリバーを切り付け殴りつけ、ダメージを与える。リバーはその超絶な威力の氷の魔法で零を追い込んでいった。
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マリリンの部屋、忠也はマリリンの話を聞いていた。
「貴族の始まり、それはかつてこのエイド王国を安定する為に当時の国王が集めた王の友、その友はこの広大なこの国をいくつかの地域で区切ってそこを見守る領主となった。そしてその地域内部で紛争が起きようものなら、近くにいる領主たちが紛争が起きた場所へ出向き、それを鎮めた。その身を張った領主たちのおかげで民は納得し敬い、この国は安定していった。その点は素晴らしい事だと思ってるわ・・・
でもね、そこからが人間の悪いところ。平和ボケってやつね。領主たちは身を張る事を止めた、その代わりに自分の誇り、自分が作り上げた伝説を大事にしはじめた。いつまでも格好良く見せたくなったのよ。それがマナーだの、様々な見栄えへとなって、それがいつしか格式ある貴族なんてものになった。
貴族って結局のところ、あなたたち庶民と何ら変わらないのよ、むしろ下ね。ただただいつものように綺麗に振る舞って、いろんな企業の経営権を持って、でも持っているだけでわたしたちはその企業に何ら手を出したりはしないわ。たまーに出向いてるのを見るだけ。やってる事と言えば、傘下の企業から勝手に入って来る大量の金を使って、別の家に自分の子はこんなに素晴らしいことが出来るんだって、定期的にパーティを開いているだけ。
この事に疑問を持ってるわたしは変なのかな?現にお父様もおじい様も、この現実に何にも疑問を持っていないわ。だからわたしはお父様たちを憎んでる訳じゃないのよ。本当に憎いのは、これが当たり前のこの世の中。
わたしは壊したい。こんな貴族なんてあって良いはずがない。わたしはわたしの死を持って、この貴族に革命ののろしをあげる。その為の青薔薇よ、貴族の中で今まで暗殺者に殺された人物は誰もいないわ。誰も死ぬはずがないと思ってるもの。そんな中わたしが死ぬ。それは平和ボケした貴族にはいい薬になるんじゃない?
むしろ、偽物の青薔薇が動いているのは好都合よ。あの人が脅迫状を送って来たおかげで貴族同士が徐々にいがみ合い始めているわ。小耳に挟んだ事だけど、どうにもうちの連中はウィング家が脅迫状を送ったんじゃないか?って疑ってるわ。これでいいのよ、噂が噂を呼ぶ、そして本当に私が死ねば、彼らの目は覚める・・・誰かがやらなきゃ、誰かが行動を起こさないとあいつらは目を開けようともしないわ。
チュウヤ、わたしは正しい事と思って行動してるわ。確かに自分から命を絶つなんて事は普通では間違ってる事よ。でも異常な彼らにとって自殺なんて概念はない。存在しない概念が突き付けられたとき、彼らはどんな反応をするのかしら」
マリリンの口調は、徐々に毒の入った。おどろおどろしい声で忠也に聞かせていた。だが忠也はそんな彼女を見ても表情を変えなかった。
「ありがとうねマリリン、よく、分かったよ。大勢にとっての常識は正しい事、少人数の言葉は全部非常識、間違ったこと。おれは君とは違うけど、よく分かる。おれにとっておとーさんは殴って来るのは当たり前、家の中に閉じ込めてるのは当たり前だった。それがおれにとっての普通なの。他のみんなはそんなおとーさんはおかしいって言った。でも、おれはおかしいなんて思わなかった。十人十色、って言葉があるように、この世の中にはいろんな人がいる。周りからみたら異常なおとーさんだけど、それでも愛情は注いでくれてた。
おれのおとーさんがなんでおれを隠したのか、それはきっとおとーさんは本当は優しかったからだと思う。おとーさんは無銭飲食とかでいろんなところから追われてた。そんな状態で生まれた俺なんて捨てればよかったのにしなかった。出来なかったんだと思う。おとーさんは普段は気が弱い、お酒が入った時だけおかしくなっちゃうの。普段のおとーさんはむしろ責任感が強い人だった。だからおれを隠したの、息子の俺に罪を背負わせない為に、徹底的に隠してた。存在そのものをね」
マリリンは忠也の話をじっくり聞いた。
「へぇ、あなたも結構苦労してる事は分かったわ。形は違えどもどこも同じなのね、自分の事で精一杯。でもだからどうしたって言うのよ。チュウヤ、考えが変わったの?どうすべきか分かってくれた?」
「ううん、むしろより君を止めなきゃいけないと思った。死人に口なしとは違うけど、君は君のおとーさんに今の事を伝えた?自分の言葉より伝わるものは無いよ、特におやはね。君が死んだら君の口からは何も伝えられないし、おとーさんたちからも何も伝わらなくなっちゃう」
「言っても聞かないわ。そう言う人だもの」
「やっぱり言ってないんだね、君のそれ、それこそ概念ってやつだよ。聞くはずがない、理解できるはずがない。その思い込みが『貴族の父は子供の声を聞かない』っていう概念、というか固定観念を産んだんだ。勇気はいるけど、まずは言ってみてくれない?親なら自分の子が命を絶とうとしてると聞いて動揺しないはずがないよ。子を思わない親はいないんだから」
「はぁ、いいわよ。言ってあげる。だけど、それは明日。舞台で、あいつ等の目の前で本当の私をさらけ出してあげる」
「いいよそれでも、君が君の事をちゃんと伝える気があるのなら、それでいい。おれは君と出会って間もないから、とやかく言っても君の心には全てを伝えることが出来ない。君の心そのものを変えることは出来ない。おれに出来る事はきっかけをあげる事しか出来ないから後は、あにきたちに任せるよ」
忠也はマリリンの言葉を聞いて落ち着いたいつもの表情に戻った。
「チュウヤ、あなたは本当に変わってるわ。もっと強引に止めようとするかと思ったらそうじゃないもの」
「おれはあにきたちを信用してるもん。絶対に何とかしてくれる。一番いい方法を探してくれるってあ、そうだ。指スマって知ってる?もしくはいっせっせとかって」
「い、いきなりなによ?知らないわよ、何それ」
忠也が突然いつもののほほんとした感じになったことでマリリンはたじろいだ。
「こうやって両手を出しあって数字を言ったと同時に親指を上げて言った数字と同じ数だったら手を降ろして、両手を下げたほうの勝ちってやつ」
「えいや、ルールは分かったけどなんでいきなり」
「タマ兄も一緒にやるー?」
「ありゃ、聞いてないわ」
忠也の話す声のトーンは、小声でも何でもなくなっていたのでマリリンも忠也に合わせることにした。
「あ~それね、懐かしいな~。シャロウさんもやります?マリリンさん、起こしてしまいましたし、どうやら無事みたいですし、し~ずか~にいるよりましだと思いますけど」
タマはシャロウも呼んだ。
「そうですね、ストレスをかけさせるわけにはいきません。リラックスも大事です」
「じゃあみんなでやろー」




