プロローグ 異世界の地に立つ極道
別で連載中の、『平和を願いし者たちよ、この世界で闘う者たちよ!』の第1章に至るまでの物語です。いわゆるスピンオフになります。
スピンオフでも、この作品単体でもしっかり読めるように書いていくつもりですが、所々第1章のネタバレ等の部分を含むかもしれません。ご了承ください。
あと、第1章から読むか、この章から読むかでも感じ方が変わってくると思います。
この物語は、支配に堕ちた者の物語・・・
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都内にある一軒家。女性が一人、三人の男に囲まれるように玄関の前に立っていた。
「さっさと借りた金・・・返しな」
真ん中に立っていた男が女性に問いただした。
「いや~、それが全部ないの、でも絶対に返せるからさ、だからあと十万だけ貸してくれない?そしたら明日耳を揃えて払えるわ」
女性は茶化すように更に男たちに金を貸してくれとせがんだ。
「てめぇ!いつもそうやって返さねぇじゃねぇか!!借りるだけ借りてよぉ!!」
左にいた男が女性に詰め寄る。それを右の男が制止した。
「止めろタマ!」
「八屋さん・・・すいません」
「そ、そうよ、女に手を上げるのは良くない。絶対に返すわ、約束するから、ね?」
女性はあざとく上目遣いで真ん中の男にすり寄った。男は無表情のまま話を続けた。
「久里浜浅見、俺たちの組経営のキャバクラの従業員。金遣いが荒い事で有名。故に俺たちの組に金を借りに来る毎日・・・浅見、俺たちは闇金の経営はやってねぇ。でもどうしてもと言うから貸した。だが今のてめぇの借金は裕に一千万を超えてる。返せるわけがねぇよな」
「違うんだって!星ちゃんがナンバー1のホストになれれば、私に一億が入るのよ!彼、約束してくれたの!そのためにはあと十万だけでいいの!だから、ね?」
「はぁーーー!そんなんで納得できるかよ!兄貴!いい加減こいつなんとかしたほうがいいんじゃないんすか!?」
「だからタマ。お前は少し黙ってろ」
左の男タマと呼ばれる男を、右の男八屋は止めに入る。ここは真ん中の男に任せればいいのだ。
「なあ浅見、金ってのは怖ぇんだ。お前はそれを分かってねぇ。金を使う事の恐ろしさ、だから今日はこれ位だ」
男は女性のみぞおちに拳を突き出した。
「んげほっ!?ひっ!!!ひゅ・・・げほ」
女性はしばらく呼吸が困難で地面を転がった。
「うわー・・・いきなり」
男は胸ポケットから百万の束をだして倒れこんでいる女性の前に置いた。
「こいつの使い道、間違えればこの痛みじゃ済まねぇ。これは最後だ、じゃあ行くぞてめぇら」
男は女性に背を向けて歩き出した。そして車に戻った。八屋が運転席に座り発進する。
「すいません兄貴、あんな奴の為に出張ってもらって・・・」
運転している男の名前は、八屋 大五郎。狭山組と呼ばれるいわゆるヤクザの組員の一人だ。組の中ではハチと呼ばれている。舎弟頭の右腕のような存在だ。
「にしても、女相手に容赦ないですねぇ。でも、百万もいいんですかい?あいつ、逃げません?」
助手席に座ったのは珠代 辰之助。あだ名はタマと呼ばれている。組の中では温和な人物で情に脆い所がある。
「あぁ、問題ねぇ。あいつは逃げる金も無くなって戻って来るはずだ。光景が目に見える。そん時こそ浅見の終わりだ。それになタマ、顔面いかなかっただけましだぜ」
「うへぇ・・・」
そして後部座席に座った男の名は、神崎 零。ハチやタマたち、舎弟をまとめる舎弟頭をしている。相手が子供だろうが女だろうが容赦せずにぶん殴る姿から『冷徹の零』と呼ばれている。
神崎は幼少の頃親に捨てられ、それを狭山組組長の狭山 刃に拾われ、今日まで生きてきた。
「んで、次に行くのは俺たちの店で金払わず逃げた奴んとこっすよね。まったくいい根性してんな」
「狐坂 深夜。前にも無銭飲食でサツにお世話になってたらしいです」
「そうか、さすがにこいつは少し灸をすえる必要がありそうだな」
零は、手を鳴らして少し気合を込める。
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「ここが深夜の住む家です」
ぼろ屋の一軒家に零たちはたどり着いた。ハチが扉を勢いよく叩く。
「狐坂 深夜!!昨日、俺たちの店で金払わず出てったみてぇだな!出てこいやぁっ!!」
返事がない。何度も呼びかけるが応答はなかった。
「居留守か?電気は点いていた。いるはずだ・・・仕方ない、ぶち破ります。タマ、下がれ」
ハチは扉に体当たりをしてドアを破った。
「いるのは分かってんだ!出てこい!!」
「・・・ハチ、こいつは・・・」
零は家の中を見渡した。部屋の中には必要最低限のものしかない。机などはあるが、テレビや冷蔵庫といった、家電が一切ない。殺風景な部屋があるだけだった。
「あの野郎っ!!逃げやがったんだ!!」
タマが机を蹴飛ばした。家の中を荒らしまくっている。
「おい、警察が来たらどうする気だ?」
ハチがタマを鎮める。しかし、零だけは真剣な顔であたりを見渡していた。
「アニキ、どうしたんですかい?」
「物音だ・・・どっかから聞こえる。ハチ、ここだ」
「はい」
零の指示でハチが、鍵のかかった扉を蹴破った。
「見つけたぞ!狐坂ァ!!」
タマとハチが勢いよく部屋に入ったが、二人はそこで固まった。
「ハチ、どうした?」
零も後に続いて真っ暗な部屋の中に入った。そこで零は見た。
「お兄さんたち・・・だぁれ?」
そこには男の子供がいた。歳はまだ10歳を超えた位の顔つきだが、服はボロボロのランニングシャツとだぼだぼのズボンを履いており、何より気になるのはその痩せきって骨が浮き出ているような体と無造作に伸びた髪だ。
「・・・深夜はどこだ」
零は男の子に尋ねる。しかし男の子は首をかしげただけだった。
「おとーさん?お兄さんたちおとーさんの知り合いなの?おとーさんはね、昨日からいないよー」
男の子はのんびりとした声で答える。
「兄貴、深夜に子供がいたとは聞いていない。だとしたらこいつは恐らく奴の隠し子ですかね。いままで、ここに監禁されていたみたいです。深夜の奴はこいつだけを置いて逃げたと考えた方がいいでしょう」
「そうらしい、おい、あんたのお父さんはいつ帰って来る」
「いつか帰るって言ってたよー。いつかっていつのことなのかなぁ?」
男の子はどうやら、何もわかっていないらしい。仕方ないので零たちは一旦組の事務所に戻ることにした。
「帰るぞ、奴は逃げたみてぇだ」
「え?ちょ?この子はどうするんです?」
「警察に任せればいいだろ」
「でも、俺らが呼ぶのはマズイですよ」
零は、何も言わずにそのまま車に戻っていった。タマは何か言いたいようだったが、諦めて車に戻った。
「兄貴、良いのですか?あいつ、放っておいたら死にますよ。もしあそこで死んだとなれば警察は俺たちを潰しにかかる・・・深夜の野郎、俺らを陥れる為にあいつをあそこに置いたのでは?」
ハチは冷静に状況を考える。
「だが、俺たちがあいつを拾えばそれはそれで問題だ・・・」
車の中で三人はしばらく悩んでいた。
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いきなり零は、車のドアを開けて外に降りた。
「アニキ?」
「仕方ねぇ、孤児院なら俺のつてがある。あいつをそこに連れて行けばいい」
「優しいとこあるんですねぇ」
「ぶっ殺されたいか?」
タマは軽く冗談を言って一緒に降りて、さっきの部屋に戻った。
「ね、君の名前ってなんていうの?」
タマが優しくしゃがんで男の子に聞いた。
「ちゅうやだよー、狐坂 忠也。がたぶんおれの名前ー」
「そうか、忠也くん、ちょっと一緒に来てくれる?」
「お兄さんと?別にいいよー」
零は忠也を連れて車の中に戻った。
「ハチ、場所は分かってるな」
「はい、あの場所ですね」
ハチは車を発進させ、零の知っている孤児院へと向かった。
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「おにーさんたちはなんでおとーさんを探してたの?やっぱり悪い事でもしてたー?」
忠也はぽやんとした笑顔で零たちに質問を浴びせる。
「うーんとね、君のお父さんはね、食べ物屋さんでお金を払わず出てっちゃったんだ。俺たちはそのお金をもらいに来たの。何かを買うときにはその分のお金を払わなくちゃいけない。これは生きる上でとーーっても大事な約束なの。ちゃんと覚えておいてね」
「はーーい!むねにきざんでおくー!!」
「む、難しい言葉知ってるね」
タマは子供の扱いがそこそこに上手い。故に子供を持つ奴を相手にしている時は盾にされないようにタマが遊び相手になる事がある。
「タマ、ありがとうな」
零はタマに感謝の言葉を述べた。
「い、いやー、そんな感謝されるような事なんかじゃないですよアニキ」
タマは零がとても珍しいことを言ったので、急に恥ずかしくなった。タマにとっては子供の相手は零の手を出来る限り煩わせないためなのだ。
とは言っても、タマ自身は子供は好きだが。
「もうすぐ着きます・・・っん!?」
車内が急に激しく揺れ動いた。
「ハチ!何が起きた!?」
「な、何も見えない!!急に目の前が真っ白に!」
「何!?」
天地がどちらか、誰にも分からない程の大きな揺れが車を襲う。そして
「な・・・なんだ、これは・・・」
車に乗っていた全員に激しい激痛が走り、気を失った・・・
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「ぐっ・・・一体何が・・・」
真っ先に零が目を覚ました。車は横向いているわけではない。特に何事もなく停まっていた。
「ハチ!」
「兄貴?・・・一体何が・・・」
ハチも目を覚ました。だが、ハチも現在の状況は全く把握出来ていないようだ。
「タマ、無事か? タマ? 忠也!」
零とハチは車内にタマと忠也がいないことに気が付いた。見渡すと窓ガラスが割れている。二人はよろめきながらドアを開けて外に出た。
外にはタマと忠也がいた。だが、様子が変だ。タマの脇腹から何かが突き出て、そこから赤い液体がダラダラと流れ出ていた。
「タマ!!」
零の呼びかけで二人は目を覚ました。
「・・・アニキ? ッ!! これは・・・やっちまった」
タマはすぐに状況を判断できた。タマの脇腹には木の枝が突き刺さっていた。
「しまったな、忠也と俺、シートベルトつけ忘れてたんです・・・さっきの揺れの時に忠也が外に放り出されそうだったんで何とかしようとしたら・・・俺も外に吹っ飛んでたみたいですね。忠也は・・・無事みたいですね」
タマは起き上がった忠也を見て笑った。
「おれの、せい?」
忠也は這いつくばりながらタマの元に寄っていった。
「いや、忠也のせいじゃない。俺のドジだ・・・アニキ、すんません、こんなとこでくたばるなんて・・・」
「おいタマ。弱音を吐くのは許さねぇ。てめぇはまだ息があるじゃねぇか。無理やりでも生きろ。次弱音吐いたらぶっ殺す」
「うわぁこえぇ。流石は冷徹の零。死にそうなのに追い打ちですか」
零は突き刺さった枝に手を置いた。ハチは隣で自分の服を破き止血の準備をしている。
「今からこいつを引き抜く。歯、食いしばれよ?」
「・・・はい」
「ぬぅあっ!!」
零はタマにカウントダウンも言わずにいきなり枝を引き抜いた。声を出せない程の痛みがタマを襲った。血があふれ出しそうになる。だがその前にハチが素早く傷口を押さえ血を止めた。
「ごめんなさい。タマお兄さん・・・」
忠也は肩を落としタマの前に正座していた。
「いいって忠也。俺のドジなんだから・・・にしても、アニキ・・・ひどいですよ。覚悟くらい決めさせる時間があっても」
「てめぇはすぐ弱音を吐くからな。時間を置けばまた泣き言をいうだろ?だからすぐに引き抜いた。だけど、意外とタフになったな、いつもなら気絶してるはずだ。それにそんだけ喋れてるんだ。どっかで修行でも受けたか?」
「いや、痛みを通り越したのか、痛いって感覚がなくなって、それで何とか・・・でも、あれ?」
タマはキョトンとした顔で自分を見た。
「おいタマ。あまり動くな。止血できないだろうが」
ハチはタマを押さえて、動かないようにした。
「いや。なんか、痛くないんです。ハチ・・・ちょっとそれどかして?」
ハチは平然とした顔になったタマを見て恐る恐る布をどけた。
「な・・・なんだこれは」
ハチが目を見開いて驚いた。だが、一番驚いていたのはタマ自身だった。
「傷口が・・・ない。血が流れてたし、この枝は刺さってた。なのに、傷口だけない。夢・・・じゃないよな、あんな痛さ・・・」
タマが顔を上げて零たちの顔を見た。そしてタマはある事に気が付いたのだった。
「あれ?アニキ・・・」
「どうした」
「ここ・・・どこですか?」
零もハチも、そして忠也もあたりを見渡した。車はさっきまで雑居ビルの立ち並ぶ街の中を走っていた。だがここには建物はおろか、地面を走る為のアスファルトの道路もない。
あるのは、生い茂った木々だ。零たちは突然何もない森の中にいた。
「どうなってやがる・・・」
これから起こる闘いは、全ての戦いの引き金となる・・・