薫と美咲
白崎薫にとって、箱崎美咲という人物は偉大なものだった……。
『ゆーびきりげんまん、嘘ついたら針千本のーます、指切った!』
公園で遊ぶ幼少時代の薫と美咲は笑顔だった。
「約束だよ、かおちゃん!」
「ミサもだよ!」
幼い頃から二人は一緒だった。家が隣ということもあったからだろう。薫は美咲のことを「ミサ」と呼び、美咲は薫のことを「かおちゃん」と呼んでいた。
中学校生活、一年が丁度過ぎ去った。
薫はそんな事どうでもいいように、始業式をサボった。サボるのには、屋上が一番だった。立ち入り禁止とされている屋上。一年生の初めは入れないので残念がっていたのだが、やっぱり行きたい気持ちには勝てずに鍵を壊してまで入ろうと思っていた薫だか、いざ鍵を壊そうとするとドアについていた鍵は壊れていたのだった。元々壊れていたのか、他の誰かが壊したのか、そんな事は薫には関係なく、こうして遠慮なく入らせてもらっていた。
後になって、その鍵を壊したのが隣に住む幼馴染の箱崎美咲がやったことだと知った時は、それはもう驚いた薫だった。
小さい頃から知っている箱崎美咲。小学校高学年から「ミサ」とは呼ばなくなったが、家が隣で部屋までもが隣なので家越しに離すことは珍しくなかった。
美咲という人物は、一言で言ってしまえば、しつこい人間だ。二人で話している時は妙に性格が明るくなっている事に気づき始めた薫だった。微笑む姿がとても愛らしくて、男女問わず持てているのは今も変わらない現実だ。だから、そんな美咲が鍵を壊してまで屋上に行きたがった理由は、美咲に直接聞いても曖昧名な返事か返ってこず、詳しくは分からないことだった。
薫は眩しそうに街を見下ろすと、聞きなれた声が後ろから聞こえた。
「やっぱここにいたんだね」
後ろを振り返ると、そこに立っていたのは、微笑んでいる美咲の姿だった。彼女は、薫のすぐ隣にやって来た。
「やっぱって何」
彼女の方は向かないで、視線を街に戻した薫は愛想悪そうに訊ねた。
「うん、やっぱサボるならここかなって思ったから来てみたの」
「来なくていーし」
そんな薫の横顔をみてクスっと笑う美咲。
「何だよ……」
笑われた薫は気分が少しだけ悪くなった。
「先生たち探してたよー? 朝はいたのにって」
「放っておけば、あんなヤツ等……」
薫はどうでもいいという風に答えた。そんな態度を取られた美咲はちょっとムスっとし、こう言った。
「真面目に授業も出ないから、先生たちに目をつけられてますよ、かおちゃん」
『かおちゃん』と呼ばれた薫は、溜め息を漏らした。
「おい、美咲。お前いつまでその呼び方でいくつもりだよ?」
「んーとね……気分で?」
ふざけて笑う美咲に、薫はほんの少しだけ腹を立てたと同時に呆れた。
「勝手にしろ」
わざと怒った素振りを見せ、出口へと向う薫。
「ちょ、今のでは怒ってないよね!」
と声を上げて訊ねる美咲は俺の後をついてきた。その行動にちょっと嫌気がさした薫は、彼女が来る前に思いっきり扉を閉めてやった。
「きゃ、ちょっと!」
美咲は驚いていたが、そんなのお構い無しに目の前の階段を降りていった。その後姿を見送った美咲は、
「少しやりすぎちゃったな。でもあんぐらいで怒るかな……?」
と反省をしながらも、疑問に思っていた。
そして薫は、美咲が思うほど嫌な気持ちにはなっていなかった。むしろ薫も、冷たい行動を取りすぎたと、後悔していたのだった。
こんな微妙な関係のまま続くと思っていた薫は、一年後にあんな事になろうとは、自分でも思ってもいなかった。